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運命の番
突然大熊に襲われ牙をむかれ、あまりの恐怖にミケルは死を覚悟した──
「ふざけんなよ。少しは抗えよ! 諦めんじゃねえよ!」
頭上で聞こえたその声は紛れもなくレノの声。混乱しながら顔を上げてみれば、自分を組み敷いていたのは半獣姿のレノだった。
「レノ様! えっ? 熊……」
そこにいたレノは、つい先日抱かれた時に感じた気配とはまるで別人のようだった。
「気が変わった。お前……まだ発情期中だな?」
低く唸るような声に体が強張る。今から自分が何をされるのかが容易に想像出来て恐怖を感じた。一瞬のうちに着物を剥ぎ取られレノの手が下肢に伸びる。ブワッと香ったレノのフェロモンにミケルは自分の愛液が溢れ出したのがわかってゾッとした。
こればかりは力の強い者の前ではどうすることもできない。Ωの性……そんな言葉で簡単に収めたくないのに体はいう事をきいてはくれない。「受け入れろ」と言われれば勝手に体を開いてレノを求めてしまう。ゆっくりと挿入されながら、この忌々しい性をミケルは呪った。
レノの律動が激しくなる。
意識が飛びそうなほどの快感に耐えながら、ミケルは頭に浮かんだエイデンの名を思わず零してしまった。
「痛っ!」
瞬間レノの怒りに触れた。思いっきり平手打ちされミケルは我に返る。
「軽々しくお前が兄様の名を呼ぶな!」
「も……申し訳ございません……レノ様、あっ……ああ……やっ……んんっ」
怒りに震えるレノの顔が近付いてくる。そのまま噛みつくようなキスをされ、乱暴に口内をも犯される。何故だか底知れぬ悲しみのようなものが湧き上がり、涙が溢れた。
「頸 を差し出せ」
レノに背後から激しく突かれながら唐突にそう言われ、条件反射で自身の頸に手を添えた。
「俺の番にしてやる……手を退かせ」
「……嫌です!」
番の誓約に関しても知識はあった──
αに頸を噛んでもらう。そうすれば独自のフェロモンの特性が書き換えられ、そのαのためだけのものとなる。Ωはαと番になれば、忌々しい発情期も軽減され無駄なフェロモンも排出されない。番ったαに対してだけその役割を与えられ、一生を添い遂げるという契約と共に平穏な日々が約束される。
大抵のΩは愛し合う相手を見つけこの誓約を交わすもの。見合いも然り…… そうすれば無駄に自身の発情期に怯えることもなくなるのだから、それはΩにとって重要なことで当たり前に考えることだった。
でもミケルは番が欲しいとは一度も思ったことがなかった。
男の性でΩ、おまけに狼の獣人である自分が、誰かに愛されるなんてことは有り得ないと幼い頃から割り切ってきた。そもそも他人に愛され、番になるためには自身の性を曝け出さなくてはならない。Ω性であるが故に出産の役割は自分にある。異性と番になりたくても、相手に子を宿らせる能力が低い男のΩは敬遠されることが殆どだった。
異性と番になるにしろ、同性と番になるにしろ、どちらにしたって自身の性が複雑すぎて理解してもらうには面倒過ぎた。
だから力の強いレノのようなαに見初められ番になれば、ミケルにとっては都合が良いはずだった。それでもそれを頑なに拒否する理由はただ一つ……自分の相手はすでに決まっていることを自覚してしまったから。
でもそれは畏れ多く口に出すことはできなかった。
『運命の番』
それはひと目見たらお互い分かると言われている運命の相手。そんなものは都市伝説のようなものと思い信じていなかった。それでも何度も頭に浮かぶその言葉に僅かな期待を持ってしまった。
ミケルは確信が持てなかったものの、エイデンに対して強く惹かれるところがあった。そしてレノに一度抱かれ、また再び組み伏せられた今、確信した。
自分の相手はレノではなくエイデンなのだと……
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