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覚醒
レノが無理矢理ミケルを番にしようとその頸に牙を立てる。その瞬間、部屋に突風が吹きレノの体が硬直した。驚き泣きながら顔を上げたミケルが目にしたものは、ドアの前に立つ一匹の馬のような生き物だった。
「え……」
ひと目見てそれがエイデンだとミケルはわかった。
白く透き通るような綺麗な金色の毛並みに長い鬣。その背には大きく立派な翼があった。息を呑むほどに美しく凛としたその姿に圧倒され、目をそらすことも動くこともできない。レノはミケルに覆い被さったまま小さく震えていた。
「今すぐミケルから離れろ」
低く唸るようなその声に、レノは飛び退くようにミケルから離れる。
「エイデン様……目……」
ミケルは見つめられているその視線にハッとする。今まで何度エイデンと語らってもその視線が自分のそれと交わることはなかった。でも今目の前にいるエイデンは真っ直ぐに自分を見つめている。優しく見つめる赤い瞳に自分の姿を感じ、ミケルは喜びが湧き上がった。
「ああ、見えるよ。ミケル……ミケルが見える」
エイデンはミケルの前に腰を落とすとスッと羽を折り畳む。その圧倒的な美しさに、つい今しがたの恐怖などは何処かへ消えた。
「レノはミケルが僕の運命の番だとわかってて手を出したのだろう? しかも一時、お前はミケルを殺めようとした……違うか? どういうことだ? ちゃんと答えろ」
エイデンはとても静かにレノに語りかけるようにして問うた。それでもエイデンの奥底から湧き上がる小さな怒りのマグマのようなものを感じる。目の前のレノはその怒りの感情を目の当たりにしてもなお震える声で抗議した。
「兄様は酷い……俺の気持ちはわかってる筈だ。それなのに……それなのに俺からそれを聞くのか?」
レノは涙を零しミケルを睨んだ。
「すまなかったね……でも、レノがそこまでやろうとは思っていなかった。辛い思いをさせた……でも僕らを認めてくれるのだろう? 顔を上げて……レノ、僕の可愛いレノ……」
レノは涙を拭うこともなく、エイデンに向かいぎこちなく笑顔を見せた。
「兄様が幸せなら……俺は何だっていいんだ。でも……兄様と離れるのは……嫌だ」
レノは長年愛し寄り添ってきた最愛の兄が自分から離れていってしまうのが嫌だった。運命の番なんて信じたくない。けれどもミケルがそれに値するのがわかってしまい嫉妬心を抑える事ができなかったと、声を震わせながらミケルに言った。いっそのことミケルがこの世からいなくなれば良いのだと考え、突発的に襲いかかってしまったことを涙ながらに話した。
エイデンの愛する者に対し激しい嫉妬心が湧きあがる。それと同時に、エイデンと同様その者に深い愛情も湧きあがる。複雑極まりないこの感情をレノは抑えることができなかった。
だから自身でこの気持ちに折り合いをつけなければいけないのはレノにはちゃんとわかっていた。
「兄様……サリヴァン家のことは俺に任せて。こちらのことは気にしなくていい……」
エイデンの幸せ、安穏とした生活をレノは願う。それが自分の幸せでもあったから。そしてエイデンの愛するミケルにもまた同じ情が湧いていた。
「わかってる。父も僕がいなくなったところで何とも思わないから……大丈夫」
エイデンもレノと同様、いやそれ以上に他者の感情を敏感に感じとる能力に長けていた。幼い頃から周りの大人たちの黒い感情に晒されてきた。自分の代わりにと、この家にやってきたレノを見てやっと自分の味方が現れたと安心したのをつい昨日のことのように思い出す。
幼い二人が出会ったことでお互い護り護られてここまで来れた。
かけがえのない家族──
血の繋がり以上に強く、それは必然的な繋がりだった。そこに運命の番として現れたミケル。ミケルもまたエイデンを前にして何かに目覚めるような感覚に触れ、その強い絆を感じ取ることができた。
運命の番エイデン。
そしてその弟のレノもまた、ミケルにとって番に値する大切な愛する存在となった。
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