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一週間だけストーカー

 ───月曜日。 学園指定の紺色の傘をさして、寮から校舎までは徒歩。  全国のセレブの子弟が集まる、歴史ある中高一貫全寮制男子校。 舗装された路の両側には木立が並び、合間にテニスコートやグラウンド、各クラブ棟や研究棟、屋内プール等の施設がある。集まる寄附金で建てられているらしい。   正直言って、どこに何があるんだかさっぱり…。規模が大きくなり過ぎて、むしろちょっと不便。  うぅー。眠ぅーい。寒ぅーい。 吐いた息めっちゃ白いやん。やっぱ手袋もしてきたら良かったわ。雪降るとか、昨日ちゃんと天気予報見とくんやった。 手ぇ冷たいの通り越してめっちゃ痛いし。  実家の方は、今年は正月ぬくかったもんなー。完っ全に油断しとった。まさか、あっちとこっちでこんな気温差あると思わんやん。向こうで雪なんか降ってなかったやん。 あとはまぁ、実家におる間はずっとコタツに入ってたしな!  おかんが邪魔やってめっちゃ嫌がっとったけど、もう冬休みの七割くらいコタツで生活したった。残りの三割はお布団な。 コタツでゴロゴロして食べるアイスって何なん!?天国かッ。  もう僕、人間辞めてもええわ。『種族 コタツムリ』とかでええわ。コタツ背負って生きるわ。 コタツサイコーーー……!! 「サトウ君!」    誰かに呼ばれて振り返る。誰かっていうか、この麗しい声は即、聞き分けられるけどなっ。 「フジワラ隊長!おはようございます。明けましておめでとうございます。」 「うん。あけましておめでとう。お正月、どうだった?サトウ君は実家に帰省してたんだよね?」  …あっぶなぁー…めっちゃアホなこと考えとったやん。うっかりお口からポロリせんで良かったぁ。 フジワラ隊長、綺麗やわぁ。お人形さんみたいやわ。シュッとしててスラァッとしててツヤツヤスベスベで!  うちの兄ちゃんに隊長と撮った画像見せたら、発狂してたもんなぁ。 でも残念! 隊長には、好きな人がおるんですぅー。兄ちゃんにはあげられませーん。 …いや、僕のんでもないけど。 「さっき、ハセガワ様にお会いしたよ。今日は始業式だけだし、午後の懇親会に来て下さるそうだ。もちろん、きみも参加するよね?」 「はい!喜んでっ。」 「ふふっ。こんなに寒いのに、サトウ君は元気だね。」  そやねん。このひと、こんなにこんなに綺麗やのに生徒会執行部役員の、やたら寡黙な書記さんの親衛隊長なんかしてはるねん。何でやの、神様? あーあ、そんな嬉しそうな顔して…。  あんな人の話聞いてんか聞いてないんか判らんようなしょーもない無愛想なヤツのどこがええねん。そりゃちょっと背は高いけど…肩幅も胸板もあるけど…っ。 絶対、話にオチとか付けへんタイプやわ。まともに喋ったことないから知らんけどな。 ほんま、爆発せんかな!  ていう愚痴を兄ちゃんに聞かしたら、チワワ攻め美人受けぇぇえええええ!て悶えだした。ナニソレ?て訊いたらめっちゃ語りだして、聞いてんのも面倒臭なって途中から全力でスルーしたけど。  兄ちゃんも学園のОBなんやけど、中等部のときに何かに感染して『フダンシ』ってビョーキになってもうたんやって遠い目ぇして、自分で言うてたわ。 僕は兄ちゃんに憧れて高一から入った外部生やから、たぶん違うと思う。  フジワラ隊長目当てで書記さんの親衛隊に入ったことも言うてもうたけど、兄ちゃんは仏さんみたいな顔で頭撫でてくれただけやった。  放課後の『ハセガワ書記様を囲む会~春蒔きハーブの土作り~』に参加して(ハセガワ様の趣味はガーデニング)、僕はずっとフジワラ隊長を見つめとった。 だって綺麗なんやもん。眼福なんやもん。ハセガワ様なんか、ただの塩顔イケメンってだけやん。  いっつも眠そうにして、自分は喋らんとフジワラ隊長を通訳みたいにこき使って…隊長は声も素敵やからええけども…。  そうやって始終うっとり見つめてたから、僕は気付いてもうた。 フジワラ隊長の─────、 「え?」 「え?じゃなくて。サトウ君が使ってるヘアトリートメント、どこのなの?髪ふわふわで可愛いよねー。」  隣で鉢に土を入れる作業をしていた先輩を見上げる。 「あ、いえ。特には何も。僕、生まれつき猫っ毛なんです。癖もあって雨の日はクルクルしますし、先輩の方がサラサラで綺麗ですよー。」 「えぇ~、そうかな?」  一応、返事はするけど、視線を隊長から離せない。 どうしよう。 見間違いやなさそう。近くの人は気付かんのかな……。  いっそ僕が言う?何て言う? 『フジワラ隊長、鼻毛出てますよ!』って直球で?  そんなん、あんな綺麗なひとにそんなん、言えるかぁぁあああああっ!!  僕は考えた。入試のときより脳ミソ絞った。やっぱ、自分で気付いてもらうのが一番、色んな傷が浅くてええと思う。 で、スマホで撮るばっかりで使ってなかったミラーレス一眼を活用する事にした。光学ズーム倍率と画素数が断然違うしな!  ちなみに僕にカメラを持たせたのは兄ちゃん。合格祝いに買ってくれたんやけど、イベントを撮ってきて欲しいとかなんとか。 こんな使い方してごめん、兄ちゃん。けどフジワラ隊長の為やからっ。  そのカメラを持って、授業中以外はひたすらフジワラ隊長を追いかけた。撮りに撮りまくった。もちろん、バレたらワヤやからコッソリな! 変態と間違われかけたり、広報委員会から勧誘が来て逃げ回ったり、それはそれは困難なミッションの数々やったわ……(遠い目)。  それでもちゃんと顔のアップ中心に撮ってるから、ヤツもバッチリ写ってるで! ずっとあそこでコンニチハしてるんやけど、やっぱ隊長が美し過ぎてもうむしろ神々しいから、誰も言われへんのかもしらん。  大丈夫やで、隊長。 僕が、僕が絶対に助けたるから!  ───日曜日。  まさかほぼ一週間。ヤツがあそこに居座るなんて思ってなかったわ。何なん?鼻毛の毛根の寿命ってどれくらいなん? そしてほぼ一週間。フジワラ隊長に例の写真を渡されへんほど、自分がヘタレやと思わんかったわ。  本日はハセガワ様の花壇のお手入れを、有志でお手伝いする日。隊長は欠かさずに参加してはる。 今日こそ、何としても渡さなあかん。  フジワラ隊長が一人になりはるのを待とう。きっといつもみたいに、最後まで残って後片付けまでしはるから…隊長、ええ子やわぁ。  案の定、隊長は片付けに残らはった。僕も手伝って、今はさりげなく二人きり。 よしっ。 「あの、フジ「サトウ君。ちょっとぼく、お手洗いに行って来るね。」  ああああああああ!タイミング悪っ!! どうしよ…誰か戻って来るかもしらんのに…あかん。追いかけよう。今しかない。 明日からは、僕はスッキリしたあなたの顔が見たいっ。  僕がトイレに駆け込もうとしたとき、くぐもった隊長の声と、ゴソゴソ布が擦れる様な物音が聞こえてきた。 「…あ、んんッ…。ぅ、ふぁぁ……ぁトく、ん!あっ…。」  どう聞いても排泄中とは思えない。 まさか…まさか襲われて…!? 「たっ、たたたたたたたた隊長ッ!」  力一杯、個室のドアを蹴破った。 僕だって、僕だって男やしっ!好きなひとの為なら足首なんか一ミリも痛ないわ! 「え!?サトウ君…?あ…やだっ!見ないでぇええええ!!」  フジワラ隊長は便蓋にМ字開脚で座り込み、ネクタイはしたままで上着とシャツのボタンを外し、ちょっと大きめで赤くてプックリした乳首を両手でイジってた。くりくりかりかりと。 ぅわあ…エッッッロ。  これはどう見ても自慰ですやんありがとうございました。ある意味で排泄中っていうか、処理中っていうか…。 そうか、隊長はチクニー派か。上級者やなぁって、ちゃうわ!めっちゃ気まずいっちゅーねんどうすんねんこの空気! 二分前の自分がドあほ過ぎる…。 「……」  可哀想にフジワラ隊長は涙目に真っ赤な顔で、プルプル震えてる。プックリ乳首は摘まんでくりくりかりかりしながらやけども。 …エロい。  局部だけが露出した脱ぎ加減といい、この光の当たり具合といい、トイレの中という背徳感といい……あれ?  何か、写真に撮りたくなるのは何でなんやろ。むしろ動画でもイイかも…僕のカメラはさっきの温室のところの…あ、写真! あかんあかん。 「フジワラ隊長、これ見て下さい。あの、プライバシー侵害してごめんなさい。僕、隊長が学園のトイレでこんな事してるなんて誰にも言いませんからっ。」  隊長に写真の束とメモを無理やり押し付けて、全速力でその場を逃げ出した。逃げたんよ、僕ほんまヘタレ……泣けるわ。  ───月曜日。  雪が降ってなくても、やっぱり寒い校舎までの並木路。結局、また手袋忘れてもうたし。 あれやな。習慣じゃないからやろなー。  玄関のとこ置いといたんやけど、なぁ? 視界に入ってる筈やのに忘れるってどういう事よ、僕の頭。振ったらカランカランってええ音鳴ったりしてなー…あ。 「少しだけ、いいかな?サトウ君。」 校舎入り口で、フジワラ隊長が僕を待ってはった。 「この手紙の事なんだけど。」  隊長がおずおずと差し出したのは、昨日僕がトイレで写真の束と一緒に押し付けたメモやった。 写真だけでは察して貰われへんかったときの為に、ずっと見えてますって書いといた。  わざわざお返事してくれはるとか、やっぱ隊長ええひとやわぁ。あんなとこで上級自慰に挑んじゃったのも、よっぽど溜まってて仕方な…く……? 「!!!!!!」  二度見した。 僕が渡したメモには『ずっと見てます』て書いてあった。三度見しても変わらんかった。  いやいやいやいやいや! これはあかんやろっ。完全にストーカー宣言やん!アウトやん!! 法律的にも社会的にも人としてもアウトやん!!! 僕、十六にして前科一犯やん!!!  おかんもおとんもごめんなさいぃぃいいいいいッ。 ああっ。兄ちゃんの就活に影響するかもしらんどないしよぉぉおおおおお! 「あの、ぼくも前からサトウ君の事…可愛いって思ってたんだ。いつも、準備から後片付けまで率先して手伝ってくれて…。でも、きみはハセガワ様のことが好きなんだって思ってて。」  隊長が恥ずかし気に、ちらりと僕を見た。 「昨日のだって、二人きりで…きみに触って貰うの想像しちゃったら我慢できなくなって、あんなとこでダメなのに、自分で…。」  ああ、隊長。耳から首まで真っ赤にして。 僕の心の中の嵐が逆風に。尚且つ、瞬間最大風速も最大に。  兄ちゃん。フジワラ隊長は僕のんになりました。 だからって、あげられへんけどな! end.

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