1 / 7

トラウマ (前編) 「いつか」

今日、あいつはオレよりも早く家に着いているはずだ。 メールが来ていたから間違いない。 なのに、玄関扉を開くと照明が一切ついていないのはどういうことなのか…。 三和土に茫然と立ち尽くす。扉の閉まる音がとても遠くに聞こえた。 過去の記憶が蘇る。 あの時、バイトから帰ったら、薄暗い部屋にあの人が横たわっていた。その首には鬱血痕。 廊下を抜けて一番奥の部屋。 クローゼットと鴨居に、前に修学旅行で買った木刀を引っ掛け、器用に首を吊って…… 「いつか?」 背後から名を呼ばれて我に返る。 「将也…」 振り返ることなく、あの人とは違う男の名前を口にする。 視界が戻る。 リビングへと続く廊下に、背後から照らす共用廊下の灯りが、二人分の影を映していた。玄関の灯りを点けてなくて良かった。酷い顔をしているに違いない。 オレの横をすり抜け、靴を脱ぎだした男の背後から抱きつく。 「先に帰ってるって言ってたくせに」 恨み言を将也にぶつける。 「牛乳が無くなってたから、コンビニに行ってたんだよ」 抱きついたオレの手の甲をポンポンと宥めるように叩き、将也は部屋の照明を点けながら奥へと歩いて行った。 こいつは、あの人とは違う。 普段の言動からも、自死とは程遠い人間であるとよく知っている。 だから、あのシーンが繰り返されることはない。 目を閉じて(1、2、3)と数えることで、心を立て直す。 「将也!ちゃんと靴、揃えろよっ!」

ともだちにシェアしよう!