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トラウマ (前編) 「いつか」
今日、あいつはオレよりも早く家に着いているはずだ。
メールが来ていたから間違いない。
なのに、玄関扉を開くと照明が一切ついていないのはどういうことなのか…。
三和土に茫然と立ち尽くす。扉の閉まる音がとても遠くに聞こえた。
過去の記憶が蘇る。
あの時、バイトから帰ったら、薄暗い部屋にあの人が横たわっていた。その首には鬱血痕。
廊下を抜けて一番奥の部屋。
クローゼットと鴨居に、前に修学旅行で買った木刀を引っ掛け、器用に首を吊って……
「いつか?」
背後から名を呼ばれて我に返る。
「将也…」
振り返ることなく、あの人とは違う男の名前を口にする。
視界が戻る。
リビングへと続く廊下に、背後から照らす共用廊下の灯りが、二人分の影を映していた。玄関の灯りを点けてなくて良かった。酷い顔をしているに違いない。
オレの横をすり抜け、靴を脱ぎだした男の背後から抱きつく。
「先に帰ってるって言ってたくせに」
恨み言を将也にぶつける。
「牛乳が無くなってたから、コンビニに行ってたんだよ」
抱きついたオレの手の甲をポンポンと宥めるように叩き、将也は部屋の照明を点けながら奥へと歩いて行った。
こいつは、あの人とは違う。
普段の言動からも、自死とは程遠い人間であるとよく知っている。
だから、あのシーンが繰り返されることはない。
目を閉じて(1、2、3)と数えることで、心を立て直す。
「将也!ちゃんと靴、揃えろよっ!」
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