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トラウマ(後編) 「将也」
【将也視点】
冷蔵庫の扉を開くと、いつかの大好きな牛乳が切れている事を思い出した。
今朝、あいつより遅く家を出た自分が飲み干したのだ。
先程、最寄駅に着いたとメールがあったので、いつかの帰宅まであと10分といったところか。近くのコンビニまで往復すると、帰宅時間にぎりぎり間に合うかどうか。
一瞬悩んだが、コンビニまで走ることにした。いつか が帰ってきたあとは、二人、家でゆっくり過ごしたい。
ゆっくり?違うな。むしろ疲れ果てるまで…。
そんな事を考えながら、コンビニで素早く会計を済ませて走って戻る。
玄関扉の鍵を回すと、施錠されていないあの軽い感触に焦る。
扉を開くと案の定、暗い三和土に立ち尽くす いつか の姿がそこにあった。
いつか は今、あちらの世界にいるのだと分かった。
「いつか?」
ああ…しまった…と思いながらも、何事も無かったの如く声を掛ける。
「将也…」
唇を少しだけ動かすように、小さな声で俺の名を口にした。
大丈夫だ。お前が自分でこちらに戻って来られるのを、俺は知っている。
それに、あちらとこちらの狭間で一番最初に口にしたのが俺の名だなんて、不謹慎かもしれないが、心底可愛いと思ってしまう。
何事も無かったかのように いつか の横を通り過ぎて靴を脱いでいると、後ろから抱きつかれた。
「先に帰ってるって言ってたくせに」
恨めしそうに俺を責める。
「牛乳が無くなってたから、コンビニに行ってたんだよ」
俺の下腹部に廻す いつか の手の甲をポンポンと宥めるように叩き、俺は部屋の照明を点けながら奥へと歩いて行く。
待ってる。いつまでも待ってるよ。
俺はお前の傍で慰めることはしない。過去に囚われたお前と共に堕ちる様なことに、何の意味がある?
俺は誰の代わりでもない俺だ。俺は俺でしかない。
過去を忘れろなんて、言わない。
そんな所も含めて、お前は いつか なんだ。
俺のことを大切に想っていてくれているなら、いつか、お前自身の足で俺のところまで歩いて来い。
そうしたら俺は、これ以上ないくらいに、ひたすら甘やかしてやる。
玄関から深くため息をつく音が聞こえた。
「将也!ちゃんと靴、揃えろよっ!」
ごめん。そこは、俺を甘やかして!
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