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「最期の日」1

「ずっと前から好きでした」 あらゆる事にのんびりな僕は、その時やっと言葉にすることが出来た。 彼の遺影を前にするそれは、余りにも遅すぎる告白だった。 だから、最期の時まで僕たちは「友人」だった。 30を過ぎたばかりの頃、貴方に言われた事を思いだした。 もしも貴方が今口を開く事が出来るなら、きっと同じ事を言っただろう。 「生き急ぐなとは言わないがね。  君はあまりにものんびりなのではないかな」 僕の誕生日祝いを、と貴方と待ち合わせた日の言葉。 時計の下に備え付けてあるベンチに腰かけていた。 足を組んでいた彼はすっと席を立ちあがり、責めるそぶりもなく穏やかに微笑む。 出会った頃にはなかった皺が、彼の貌には深く刻まれていた。 それは沢山笑ってきたのが良く分かる、僕の大好きな皺だった。 歳の差を感じさせない知識の広さと行動力の高さがあった。 前から出かけると決めていたその日は、朝から雨が降っていて。 「まあ、急いできたのは見れば分かるから。  近くだし一度寄っていきなさい」 寝坊した僕は傘も忘れて家を飛び出し、びしょ濡れだった。 あの日に言う事も出来ただろう、と今になれば思う。 何度も何度も、そういうシーンはあった。 けれど、貴方の低く穏やかな声を聴いていたくて。 表情を一瞬も逃したくなくて。 気が付けば言いそびれてしまっていた。 ……本当は、ただこの関係が心地よくて。 甘えていたかっただけなのかもしれない。 もう一歩を踏み出して、貴方に会えなくなるのが嫌だったんだ。 会えなくなった今だからこそ思える事を考えながら、僕はあの日の記憶を辿る。 猫背の僕と対照的なぴんと伸びた背を追いかけ、家のドアを開けた頃。 気が付くと雨は止んでいた。

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