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貴方との寸劇

「力を求めよ、少年よ!」 両手を広げ、演劇のように大げさに彼が言う。 真っ白なバスタオルを大事な物のように掲げている。 僕はこみ上げる笑いをふっ、と吐いてから恭しく玄関で跪いた。 もう少年と言われるような子供ではないのだけれど。 彼から見れば僕は、まだ未熟な少年なのかもしれない。 真っ直ぐに彼を見つめると、賢者のように見えた。 「どうか迷える子羊に、その白き布をお恵みください」 言葉が終わるのと同時に、静かに瞳を閉じて頭を垂れる。 髪をつたって水滴が床に数滴落ちる。 「いいだろう、その布で滴る水を拭うがいい」 ふわりと柔らかい布が頭から肩を覆った。 ありがとうございます、と深々と頭を下げてから顔をあげる。 すると、イタズラっぽく微笑む彼が居た。 どうやら今回の劇は終幕のようだ。 「……どうでした、僕の演技」 頭にかかっている布に手を伸ばし、髪の毛をふきながら普段の会話に戻る。 ふむ、と一度笑みを顔から消し、瞳を閉じて何かを考える風にした後。 「駄目だね」 彼は静かにポツリと呟いた。 まあ、役者ではないので仕方がないな、と思う。 ただ一緒に居て楽なままで居られる彼にダメ出しをされるのは良い気がしない。 少しだけムッとした感情を隠しもせず、不満げに彼に問う。 「では貴方は良かったと?」 三日月のように口だけで彼がニッと笑った。 消えた表情が浮かび上がり、彼の声が弾む。 「いいや?もちろん私も駄目だったとも。  我々は役者ではないからねぇ」 悪意なく告げると同時に、上手なウィンクが投げられた。 ええ……?と僕が漏らすと、彼は楽しそうに言葉を続けた。 「ただ君が余興に付き合ってくれる、それだけで十分なのさ」 両手が僕の方に伸ばして、タオルの上から包み込まれた。 この行為はきっと、彼には他意はない物だ。 ただ単にスキンシップが少し多い、それだけ。 「服も着替えてから出掛けるだろう?」 「はい、出来るのであれば」 「君がこの前泊まった時のがある、洗ってあるから使いなさい」 ありがとうございます、と玄関の段差を登れば。 べちょ、という嫌な音がした。 靴の中まで濡れていた僕の靴下が、水分を含んでいたからだった。 僕は一度、思わず靴の上に足を戻した。 「……脱ぎなさい。タオルはもう一枚あるから、使って」 「すみません……」 濡らしてしまった床にもう一枚貰った長いタオルを置く。 靴下を脱いで、タオルの端を踏んで反対側で拭く。 もう片方の足も同じようにしすれば、ようやく家に入る準備が終わる。 ふき終ったのを見計らって差し出されたスリッパに足を通す。 ぱこんぱこん、とスリッパの音を立て、先に歩き始めていた彼の後を追う。 一人暮らしだが広い彼の家の中を進んで行く。 大きな窓のあるリビングに入ると、外は驚くほどの快晴で。 差し込む光の眩しさ。 それから、びしょ濡れになった僕。 交互に見比べた後、僕達は二人で笑った。

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