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「最後の日」2
僕が小さいとき、初めて出会った彼は大人だった。
田舎と言う訳ではないが、都会と言うには自然が多い街。
アパートの隣に越してきて、すぐに母に気に入られた。
と、いっても母と付き合うだとかの類じゃなくて。
うちで買いすぎた食材や作り過ぎた煮物を分けに行くだとか。
厄介な新聞勧誘が来た時に外に出てきて
「警察を呼びました」と、間に入ってくれたり。
そういう、穏やかで信頼できる隣人同士。
母が働きに出る間、遊び相手をしてくれた事もあった。
僕は元々大人しい性格だったから。
それほど英雄譚やヒーローモノには興味はなかったのだが。
彼は好きだったらしく、その時によく言われたのが…
「力を求めよ、少年よ!」
と、バスタオルを掲げた時の言葉である。
彼は力が欲しかったのだろうか。
それとも与える側になってみたかったのだろうか。
どちらにせよ、楽しそうに、そして全力で挑む姿は。
何度見ても心地の良い物だった。
ごっこ遊びの中で彼は必ず賢者で。
僕はこれから戦いに挑む、無力な少年だった。
力を得てから長く遊ぶ時間があれば、彼は魔王にもなったのだが。
何度も何度も、『少年』に彼は力を与え続けた。
それが本当に何かの力になって居ればいいのに。
有りもしない事を考える。
起こりえない事を思ってしまう。
「貴方に与えて貰った力では、欲しい物は手に入りませんね」
求めれば与えられるのは物語の中だけなのだ。
賢者はもう居ない。
そもそもただの人間に、そんな力はない。
貴方のぬくもりに触れる事はもう出来ないと。
それは意味のない行為だと理解しながら。
何の力も持たない僕は、遺影にそっと手を重ねた。
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