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とりあえず、キスしませんか?
ワンコな大学生美形×年上社会人平凡
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やっと仕事が終わって帰宅し、ベランダで労いの一服を嗜んでいれば、隣の部屋のドアがゆっくりカラカラと開く音が聞こえてきた。この後の展開がなんとなく読めて煙草の灰を灰皿に落とす。すると、ひょこっと隣室との間にある壁の向こうから柔和な顔が覗いた。
「あ。おかえりなさい須藤 さん!シャンプー切らしちゃったんで貸してくれません?」
ニコリともし女だったらコロリといってしまいそうな笑顔で言われ、つい眉間にしわが寄る。話しかけてくるとは思ってたが、まさかシャンプーを貸せと言われるとは予想外だった。煙草を銜え直し、ゆっくりと吸い込んで夜の空へと有害なものを吐き出す。
「やだよ。女に頼んで買ってきてもらえ」
「えー、そんな子いないですよー。ほら、この手にワンプッシュくれればいいんで!」
はい!と身を乗り出すようにして伸ばしてきた手にぎょっとする。
「おまっ、落ちんだろ!?引っ込めバカ!てか服着てねえのかよ!」
「バカとはなんですか!お風呂に入ってから切らしてることに気付いたんで、今腰タオル一枚です!」
「ドヤ顔で言うな!あーもー、わかった。持ってくっから大人しく待っとけ」
「はーい」
なんでか嬉しそうな返事の相手を軽く睨んで、火のついたままの煙草を灰皿に置いてから一旦部屋に戻る。男の一人暮らしにはぴったりのワンルームの賃貸マンション。必要最低限の物しか置いてない部屋を突っ切り、風呂場にあるシャンプーボトルを引っ掴んでベランダに戻った。
「はい、手出せ」
「ハイ!」
勢いよく出てきた手に苦笑する。左手でボトルを持ち右手でヘッドを押してコイツのでかい手の平に出す。風に乗ってシャンプーの香りが漂ってきて、つい鼻がひくついた。
「じゃ、風邪ひく前にさっさと風呂入れよー」
「はーい!あ、須藤さん今日の夕飯は?」
「スーパーで惣菜買ってきた」
「またですかー?お風呂上がったらそっち行くんでちょっと待っててくださいね!」
「えー、別に」
来なくていいと言い終える前に隣のベランダの扉がぴしゃりと閉まった。こちらの意見は聞く気がないらしい。ため息をついてから半分以上燃え尽きてしまったタバコの煙を肺に送り込む。白い息のように吐きだして空を見上げれば、綺麗な三日月が暗闇を照らしていた。
――ピンポーン
部屋に響く大きな音に、テレビに夢中になっていた俺の心臓が一瞬止まった気がした。でもすぐにドクドクと打ち出す鼓動に詰めていた息を吐いて玄関に向かう。カメラなんて確認しなくても相手はわかりきっている。ドアを開けた先にいたのはやはり先程見た顔で、変わらない柔らかい笑顔で鍋をもって立っていた。
「こんばんは須藤さん。今日の夕飯はビーフシチューですよー!」
「あー、めっちゃいい匂いするー」
「でしょでしょ?時間あったからがんばっちゃった!」
ニコニコと褒めてほしそうに笑っているコイツに無言で親指を立て、扉を押さえて体をずらした。嬉々として俺の横を通ってお邪魔しまーすと部屋に入ったコイツは、コンロに鍋を置いて俺の食器棚を漁り始める。もうこの光景が日常になりすぎてて違和感も感じなくなってることに今更ながら気付く。
――まあ、いっか。
おいしいご飯にありつける訳だし何も文句はない。カギを閉めて準備をしているコイツの後ろを通り過ぎ、ベッドに背を預けてテレビを見る。ちょうど今話題の若手女優が小さな子犬を抱き上げている映像が流れ、その可愛さに思わず口元が緩む。
「うわー、やべえなあ」
「何がやばいんです?」
「うお!?びびったー」
すぐ近くから声が聞こえて来てそっちを向けば、至近距離にコイツ――栗本 の顔があって思い切り仰け反った。その距離を埋めるように更に近づいて来るのでデコを押し返す。
「近えよっ」
「だーかーらー、何がやばいんですかー?」
「ちょっと、なんで不機嫌なわけ?」
「べーつーにー?」
「ちょっ、うわわっ!」
ゴンッ
栗本の力に負けて後ろに倒れ、強かに後頭部を床にぶつけた。目の前に火花が散り、痛さに頭を押さえて唸る。
「いってえぇ~!」
「わーっ、ごめん須藤さん!大丈夫!?」
慌てて頭を押さえてる俺の手の上に自分の手を被せ、優しく擦ってくる。睨んでやろうと滲んだ涙もそのままに栗本を見れば、心配そうに見下ろしてくる栗本と目が合って強く睨めない。
「須藤さん涙目なってる……そんな痛かった?本当にごめんね?」
俺の手を剥がして直に後頭部を撫でてくる。大きい掌で撫でられて少し痛みが和らぎ、むしろ気持ちいいなと栗本から目をそらしてテーブルの脚を見つめる。
……って、違うわ!
「もっもういいから!早く夕飯の準備しろって!」
「でも痛いでしょ?もうちょっと」
「いいって!そんなでもねえし」
「んー。わかった。じゃ起こしますね」
「え?――わっ」
言葉の意味を理解する前に背中に手を入れられ、いとも容易く起こされた。必然的に栗本の足の間に座る形になって、なぜか当たり前のように栗本の腕の中に収まった。よしよしとまた大きな手で頭を撫でられ、ボディソープなのか洗剤なのかいい香りが鼻腔に広がる。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「!?おまっ、子ども扱いも大概にしろよ!?体はそっちのがでけえかもしんねえがな、歳は俺のが5つも上なんだよ!」
「知ってますよー。でもなんか、須藤さん見てると甘やかしたくなっちゃうんですよね」
「むっかつくガキだな!とりあえず離れろバカ!暑苦しいんだよっ」
無駄に鍛えてるとわかる胸に手を置いて突っぱねると、栗本はケチーと口を尖らせながらも素直に離れてキッチンへと戻った。温もりが離れて安心するかと思いきや、呆気なさすぎて栗本を目で追ってしまった自分に困惑する。変に心臓が脈打ってる。興奮したせいでズキズキとまた痛くなった頭を撫でながらテレビへと視線をやれば、既に動物の番組は終わってお笑い番組が始まっていた。
あーあ、もっと子犬見てたかったのになあ……。
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栗本は半年前に隣に越してきた大学生だ。しばらくの間隣に人が入ってなかったから、角部屋の俺は何の気兼ねなく伸び伸びと過ごしていたわけで正直嬉しくなかった。挨拶に来た栗本はあの柔和な笑顔で自己紹介をし、よかったらと差し出して来たのは煮物の入ったタッパーだった。受け取ってから、マジかと口元が引きつる。普通こういう時に渡すのはタオルや洗剤だったり、食べ物ならお菓子とか乾麺じゃないのかとまだ温かさの残る煮物を見つめる。そんな俺に気付いたのか、栗本は首に手を当てながら買いに行く暇がなくってと苦笑した。やっぱりいらないですよねと小さな声で言った栗本は俺の手からタッパーを取ろうとしたが、その前に俺はそのタッパーの蓋を開けた。
「……筑前煮」
思わず筑前煮と栗本とを視線が行き来する。この今どき男子に似つかわしくない料理で、母親が作ったのかと聞けば少し頬を赤らめて自分ですと言った時の衝撃は一生忘れない。ちょうど起き抜けでお腹も空いてて、蓋を開けたことで漂う出汁の香りが鼻から脳に伝わって胃を直撃し思わず手が伸びた。行儀が悪いのは百も承知だが美味しそうなこの筑前煮が悪い。そう決めつけて乱切りされたレンコンをつまみ、口に放り込む。
「――うっま。なにこれ、びびるわ」
うちの母親よりうまいと褒めれば、一層頬を赤くしてありがとうございますと言った栗本は図体デカいのにやたらと可愛く見えた。
そんな出会いから始まり、ベランダで一服してれば栗本もひょっこり現れて雑談して、夕飯なり朝飯なり昼飯なりの事情を聞かれては栗本がご飯を持ってやってくるというのが日常になりつつある。もちろん食費は多いかな程度を渡してる。渡してるというか、栗本の部屋に行った時にこっそり貯金箱に諭吉を数枚入れてる。だってコイツ、直接渡すと絶対に受け取らないから。いつか貯金箱を開けた時に慄けばいいと思う。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
そんなことを内心考えながら手を合わせて栗本の分の食器も流しに持っていく。作ってくれたからには洗い物は俺がすると最初に決めてからそれを守ってる。水を出しながらスポンジに洗剤をかけて泡立てていると、ふと栗本に伝えなきゃいけないことを思い出した。
「あ、そうだ栗本。明日俺の同期が泊まりに来るから、ちょっとうるさくなるかも」
「同期、ですか?」
「うん、部署は違うんだけどさ、愚痴聞けー!ってうるさいから」
「なんで居酒屋じゃないんですか?」
「ん?んー、あいつ酔いつぶれたら面倒だし。だから会社から近い方の俺ん家で飲むかってなって」
「そうですか……」
なんだか良さげな返事じゃない栗本を意外に思いながら、嫌なら同期の家に変更するかと軽く考えてお皿をキュッキュッと洗っていれば、
「それじゃあ、俺ん家で飲みます?」
青天の霹靂な発言に食器を洗う手が止まる。栗本を見れば相変わらずの笑顔で俺を見ていた。
「……は?なんで?」
「俺も明日暇ですし、おつまみでも作りますよ」
「いやいや、さすがにそこまでは気が引けるわ」
どうしようもない同期の愚痴飲みなんかに栗本を巻き込むわけにはいかない。栗本にも栗本の付き合いがあるんだから。
と、そこまで考えてふと気付いた。思い返せば俺が遅く帰らなければ必ずと言っていいほど栗本と顔を合わせてた気がする。それが当たり前すぎてよく考えてなかったが、果たして栗本が自分の家に友達を呼んだことがあったのだろうか。仕事中は知りようがないが、少なくとも夜や休日にそんな気配はなかった。俺はアウトドア派ではないから休日も家に引きこもっていることが多いが、栗本もよく家にいたから俺と同種なのかと軽く考えていた。
でもよく考えてみろ。こんなイケメンだぞ?誰もほっとくわけないだろう。
今更ながら思う。俺のぐうたらさ加減に、栗本の世話焼きな性分が刺激されてしまったせいで学生の楽しみを奪ってしまっているのでは、と。
頭の中が一瞬にして冷えた。
「なあ、栗本も学生なんだからさ、レポートとか友達と飲み行ったりとかいろいろあんだろ?そんだけイケメンなんだから女の子も寄ってくるだろうし彼女でも作れよ。って、もういるか」
「そんなのいませんよ。レポートは全部終わらせてますし、友達と遊んだりとか彼女を作るなんて……そんな無駄な時間も人も俺にはいらないです」
「は…?無駄、ってお前……」
「俺には須藤さんがいればいいです」
……え?こいつ今、なんて言った?
「学校で授業聞いてる時も、友達と話してる時も、電車に乗ってる時も。俺はずっと須藤さんのこと考えてます。仕事で失敗してないかなとか、お昼カップラーメンで済ませてないかなとか、帰りの電車寝過ごさないといいなとか。俺の頭の中ね、須藤さんでいっぱいなんですよ。こうして同じ空間にいて、同じ空気を吸って、同じものを食べて。それだけですごく満たされるんです」
栗本はゆっくりと立ち上がり、目線は外さないまま俺のそばに来た。見慣れた笑顔のはずなのに、そこから甘さと雄々しさが滲み出ていて変に緊張してしまう。でも優しい色の変わらないその瞳から目をそらすことが出来なくて、泡立ったスポンジを握ったまま栗本を見つめ返す。
「須藤さんの瞳に俺が映ってるのもすごく嬉しいです。須藤さんの中に俺がいるんだって思えます。須藤さんの声を聞くと落ち着きます。でも名前呼ばれるとテンション上がります。本当はそのまま抱き着きたいです。その小さい手で頭撫でてもらいたいです。……言ってる意味、わかります?」
「……いや、めっちゃ頭ん中パニック」
「ははっ、ですよね。まあ、大型犬に懐かれたとでも思ってください。僕、ご主人様がいないと寂しくて泣いちゃうワン」
「うわ、それはさすがに引くわー」
「えー?可愛くないですか?自信あったんですけど」
どんな自信だよと笑って中断していた食器洗いを再開する。栗本が冗談を言ってくれたおかげでようやく視線を外すことが出来たけど、それでも栗本はそばにいて。俺を見ている視線を強く感じて、心臓がバクバクとうるさく鳴る。いつもより固い動作で食器を洗い終えて、手を拭いてからキッチン横の壁に寄りかかっている栗本を見た。なんだかその瞳が多分に甘さを含んでいるように感じるのは気のせいじゃないはず。俺もそんな鈍感ではないので、それが意味するのは、つまり……。
「お前、俺のこと好きなの?」
ド直球で聞けば、栗本は驚きも動揺もせずにより一層笑みを深めて、
「はい、好きです」
と、ハッキリ口にした。普通、男に告白されたら嫌悪感を少なくとも感じるのだろうがそれが全くないことに驚き、むしろ甘いときめきを感じていることに自分で聞いておきながら動揺した。
「ああ、そう…」
口から出たのはそんなそっけない言葉。もっと他に言い方があるだろうに、あっさり告白されたせいか、その告白を喜んでる自分のせいか、頭が混乱して気の利いた言葉が浮かばない。
「須藤さん」
呼び掛けられ、その声の近さに顔を上げればふわりと頬を包み込まれた。驚いて目を見開くと、あっという間にその距離はゼロになって、唇には温かく柔らかい感触。
押し当てられ、軽く下唇を食んで、ぺろりと舐められる。
ゆっくり離れていく栗本の顔をただただ見つめる。
ほんの数秒、俺に触れてた場所に自然と視線が落ちる。
少し厚めだけど、俺と違って荒れていない唇。
健康的な色をしたそこが、ゆっくりと笑みの形を作った。
「須藤さん」
また呼び掛けられ、栗本と視線が交わる。優しく細められている瞳から感じるのは、俺への愛情と、ギラつく雄の本能。大型犬なんてかわいいもんじゃない。まるで獲物を目前にした狼のようだ。
―――背筋が震えた。
俺に欲情してる栗本に、ひどく興奮した。
どこにでもいるようなこんな俺に、誰しもが求めるだろう栗本の愛が向けられている。
「……ハッ、」
耐え切れず唾を吐き出すように笑いがこぼれた。それに栗本は不思議そうな顔をして俺を見てくる。その顔が年相応で、かわいくて、手を伸ばして頭を撫でそのまま力を込める。
目を瞠った栗本の端正な顔を引き寄せ、今度は俺から唇を重ねる。
さっき栗本にされたように柔らかな唇を食み、ぺろりと舐めてからゆっくりと離れる。
「栗本」
名前を呼べば栗本の瞳がキラキラと輝く。それを俺は眩し気に見つめて、また栗本を引き寄せる。
「好きだよ」
囁くように言ってから一度触れ合わせる。そのまま離れようとすると首の後ろに手が回って、離れるのを許さないとでも言うように深く重なり合う。
角度を変え、触れ合う強さを変え、唇を噛んだり吸ったりを繰り返す。でも栗本はまだ口の中に舌を入れてこない。唇と前歯は舐めてくるのに、躊躇してるのかそれ以上は踏み込んで来ない栗本に焦れる。
息も上がってゆるく開いてる口から舌を伸ばし、俺も栗本の歯列を撫でる。栗本よりも深く舌を這わせると、なんでかガッチリと歯を食いしばられた。
「……おい、口開けろよ」
少し顔を離して不機嫌そうに俺が言えば、栗本は困ったように眉を下げた。
「ごめんなさい、無理です」
「なんで。ベロチューしたくないわけ?」
「したいです、けど……もう俺、止まんなくなりますよ?」
「エッチまでコースって事?」
「そうです。挿入されるの須藤さんなんですからね?ちゃんとわかってます?」
栗本に窘められるように言われ、ピシリと体が固まる。
そうか、俺が挿入れられる側なのか…。確か男同士ってケツ使うんだよな?え、ケツにアレを入れてエッチすんの?痛くね?つか、確実切れるよな!?
ケツに挿入れらた時の痛さを想像して思わず視線が泳ぐ。
でも栗本経験豊富そうだし、上手くやってくれそうな気がする!と前向きに考えたつもりが、今まで栗本に抱かれてきた奴らがいるんだと思ったら嫉妬心がメラメラと燃え上がった。
「……なんとなく」
「なんとなくじゃ困るんです。須藤さんアナルセックスした事あります?ないですよね?いろいろ準備も必要だし、女の子とみたくホイホイエッチ出来ないんです。それに……須藤さんの事、本気で大切にしたいんです。ちゃんと気持ちよくなってもらいたいから、ゆっくりやっていきましょう」
ね?と指の背で頬を撫でられる。その仕草も板に付いてて今まで何人にそれをやってきたんだと詰め寄りそうにもなるが、それよりも俺の事を考えて我慢してくれてる事に心の底から愛されてる喜びを感じて胸が熱くなる。
「須藤さん」
優しく、とろけるように呼ばれて思わず熱い息が漏れる。
顎に手をかけられて見上げた先には、あの狼のような瞳があって、ゾクリと形容しがたい歓喜が背筋を駆け抜ける。
「とりあえず、キスしませんか?」
オッケーの意味を込めて挑発するように笑う。
俺は近付いてくる栗本の吐息を感じながら目を瞑り、熱く疼くそこをぺろりと舐めた。
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