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第3話 もう一人

「鷹臣くん、これ男子高校生の作るご飯じゃないよ…」 「これは想像以上だったね…」 テーブルの上の料理を見て野崎さんと高遠さんが声を上げる。当初の予定ではもっと簡単なものを作るつもりだったんだけど、先輩に食べてもらうということもあり、少々のプレッシャーから普段より品数が多くなってしまった。 かぶの味噌汁と肉団子の餡かけ、きんぴら牛蒡と水菜のサラダ。それから炊き込みご飯。 「よし、勝威も呼ぼう。あいつ和食好きだから!鷹臣くんもう1人呼んでもいい?」 「多めに作ったので全然大丈夫だと思いますよ。3年生の方ですか?」 「うん、俺と同じクラスで、みどりちゃんの兄貴。」 野崎先輩にお兄さんがいるのか。どんな人なんだろう。野崎先輩は若干嫌そうな表情を浮かべているけど、高遠さんは嬉しそうに携帯を取り出した。 「もしもーし、勝威?ご飯があるから302号室においでー」 そんなにざっくりとした誘い方でいいのかな…?本当に来るのかどうかもわからないまま、ひとまず三人で先に食べ始めることにした。 「美味しい…。鷹臣、料理当番やってよ。僕それ以外の家事は全部やるから」 「えっ!いや先輩にそんな任せるわけにいかないですよ。きちんと分担しましょう。料理は好きでやってるんですから」 「鷹臣くんが料理当番になるなら、俺も夜ご飯ここに食べに来てもいい?」 「高遠もちゃんと食費を出してくれるんならいいよ」 「もちろん出すよ!こんなに美味しいご飯が食べられるなら」 昔からあっさりした年寄りくさいものが好きだったし、そういうものしか作ってこなかったから、物足りないと言われるかもしれないと思っていた。こんなに喜んでもらえると素直に嬉しい。 そのとき、玄関の方でドアの開く音が聞こえた。 「あ、勝威だ!」 高遠さんが立ち上がり、俺のときと同じように玄関まで迎えに行く。しばらくして、野崎さんのお兄さんを連れて戻ってきた。 「兄貴ほんとに来たんだ…。あんな雑な誘い方で来と思わなかった」 「うるせぇな、学食が混んでなかったらお前の部屋なんかわざわざ来るかよ」 顔のつくりは野崎さんのように整っているけど、まったく似ていない。似ていないけど、無表情なところとか、雰囲気はどことなく似ている。高遠さんと同じくらいの高身長なので威圧感がある。 弟の方の野崎さんと違って、少し口調が荒くて怖いかもしれない。そうだ、この人の分のご飯と味噌汁用意しなきゃ。 立ち上がった瞬間、目が合った。 「お前が縁の同室?」 「はい。守山鷹臣です」 「このご飯ね、全部鷹臣くんが作ってくれたんだよ!」 「しょうがないから兄貴もちょっと食べていいよ」 「…なんでお前らがドヤ顔なんだよ」 席に着いた勝威さんの前にご飯と温め直した味噌汁を置くと、目の前の料理を見て顔つきがちょっと変わった。 「これをお前が作ったの?」 「はい、地味なものばっかりですみません」 「いや、普通にすごいと思うけど」 褒められた。あんまり褒められ慣れてないから、ストレートに褒められるとちょっと照れ臭い。最初は怖い人に思えて不安だったけど、黙々と目の前のおかずを口に運ぶ姿を見てほっとした。 「勝威も毎日俺と一緒にここに食べに来るといいよ!」 「来るのはいいけど食費はちゃんと払ってよね」 「いやだから、作ってんのお前らじゃねーだろ」 外見も華やかで、個性の強い3人を目の前にすると、自分がその輪の中にいることになんとなく違和感を感じてしまう。 食後、勝威さんは用事があると言ってすぐに帰ってしまった。洗い物をしようとすると高遠さんが「作ってもらったから俺が洗うよ」と言ってまとめて持っていってしまう。最初は見た目の派手さに驚いたけど、良い人だなぁ。全てを任せるわけにもいかないので2人で一緒に流し台に立った。 高遠さんが洗い終わった皿を拭いていると、ふと耳元に見覚えのあるものを見つけた。 「あれ、そのピアスって…」 「ん?ああこれね。みどりちゃんとお揃い」 ふと、見覚えのあるピアスが目に留まって口に出してしまった。だけど、よくよく考えてみると、男同士でお揃いのピアスをつけるってどういう仲なんだろう。 「高遠、そろそろ門限。入り口閉まっちゃうよ」 気がつくと時計は7時50分を過ぎていた。3年生寮は別の棟になり各寮の入り口は8時に閉鎖される。そうなると自分の部屋へ戻れなくなってしまうのだ。 「じゃあ残りはみどりちゃんよろしく」 スポンジを野崎先輩に手渡して、高遠さんは部屋を出て行った。 「ごめんね。初日からうるさくて」 皿を洗いながら野崎先輩が言う。 「いえ全然、にぎやかで楽しかったですよ」 これは本音だ。高遠さんはちょっと変わっているけど良い人だし、勝威さんも帰り際「ご馳走様」って言ってくれて嬉しかった。人見知りの自分が、初対面の人とこんなに普通に話せたことにも驚いていた。 「そういえば僕の呼び方、野崎だと兄貴と被ってややこしいから、下の名前でいいよ」 「縁さん?」 「えんさん、ってなんか言いにくくない?だから呼び捨てでいいよ。敬語も使わなくていい。上下関係とか面倒なんだよね」 「えーと…わかりました。あ、いや、わかった…?」 「真面目だよねぇ、鷹臣は」 最初はどうなるかと思ったけど、野崎先輩…じゃなくて縁が、優しい先輩でよかった。 「そういえば高遠、なにか言ってた?」 ふいの漠然とした質問に戸惑う。なにか?なにかってなんだろう?不思議そうな俺の表情が答えになったようだった。 「まぁいいや。いずれ知られちゃうことだし」 一息おいて、縁は言った。 「僕と高遠、できてるから」 そのとき俺は、あのお揃いのピアスの意味に気づいた。男子校の全寮制、閉鎖的な環境の中で、そんな話は少なからずあるだろうとは思っていたけれど。こんなに身近にいるとは予想外だった。それとももしかしたら俺が思っている以上に、そういう関係を築く学生は多いんだろうか。 驚きはしたけれど嫌悪感は沸かない。自分でも意外なほど素直に受け入れられた。2人のちょっとした言い合いの中からも信頼関係を感じ取れたし、それが友情か恋愛感情かって言うだけで、たまたま相手が男だったっていうだけ、ただそれだけのことだ。 「びっくりした?」 「うん…今まで周りにその…男同士でっていうのいなかったから正直驚いたけど。でも別に高遠さんと縁なら納得かも。仲良さそうだなぁと思ってたし」 「需要と供給が一致してるからね、僕たちは」 需要と供給?どういう意味だろう。深く突っ込んでいいものか迷う。 「校内でも別に隠してないし、誰か他の奴から変な風に伝わるくらいだったら最初から言っておこうと思ったんだ。話してよかったよ」 「うん、俺も教えてもらえて嬉しかった」 そう告げると縁が、ふわっと、笑った。今日見た中で一番自然な笑顔。これは、すごいな。笑顔自体がレアな分破壊力がすごい。恋人がこんなに可愛かったら高遠さんも大変なのかもしれない。 「鷹臣は変な上級生にちょっかいかけられないように気をつけてね」 「俺はそういうの無いよ、見てのとおり地味だし」 「油断してるときが一番危ないんだよ」 「そうだなー、身近なところで言うと…兄貴とか?」 「……勝威さん?」 意外な名前が出てきた。それは一体、どういう意味だろう。 「……いや、なんでもない。忘れて」 縁は、それ以上詳しいことは教えてくれなかった。 その後残っていた荷解きをキリの良い所まで終わらせ、明日の入学式に備えて早めに就寝することにした。 憂鬱に感じていた新生活。 だけど賑やかな先輩たちのおかげで少しだけ、上向きな気持ちで眠りにつくことができた。

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