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第2話 2人の先輩
「いらっしゃーい!」
駆け寄ってきたその人は、満面の笑みをこちらへ向けて、俺の前に立った。長めの髪を殆ど金に近い色に染めている。黒いTシャツに豹柄のスウェット。なんていうか、ものすごく、派手だ。そして180cm近くある身長がその印象をさらに強めている。
この人が、同室の先輩?
思い返せば校則には"制服を着る"という以外、身なりに関する規則が何も無かった気がする。そうは言っても…ここまで自由だとは思わなかった。
「わー!いいね、なんかこう、無害そう!よろしくねー」
そう言いながら俺の頭をくしゃくしゃ撫でる。なに?無害ってどういう意味?
「高遠テンション高いよ。新入生怯えてるから」
金髪の先輩に圧倒されて全然気がつかなかったけど、後ろに、もう1人の先輩が立っていた。
その綺麗な顔に思わず息を飲む。小さくて細くて、まるで女の子みたいだ。黒髪で真面目そうな印象だけど、左耳にひとつだけ小さな黒いピアスを付けているが見えた。眉間に皺を寄せて『たかとお』と呼んだその人を睨み付けている。
「僕が同室生。1年間よろしく。名前は掲示板に書いてあったよね」
金髪の先輩とは対照的に、まったくの無表情。シンプルすぎる挨拶だ。この人が同室の先輩かぁ…。口数の少なそうな人だ。いやでも、こういう人のほうが意外と優しかったりするのかなぁ。
「あ、はい、えっと…野崎先輩ですよね。よろしくお願いします」
「みどりちゃん、もっとフレンドリーにしないと。後輩くん怖がってるよ?」
みどり…ちゃん?「縁」だと思っていたけど、「緑」と読み間違えてたかな?
「『みどり』じゃなくて『えん』だって。君までみどりって呼ばないでね」
「いいじゃん、結局もう学校中みどりの方で通ってるんだから」
「それは高遠が呼び始めたからだよ」
あ、イラッとしてる。ていうかこの高遠って人誰なんだろう?友達かな?
「そうだ、俺のことは高遠って呼んでね。えーと名前は…」
「守山 鷹臣です。よろしくお願いします」
「鷹臣くんね!俺はみどりちゃんの同室になる子がどんな子になるのか気になって見に来たんだよねー。でも鷹臣くんみたいないい子そうで安心した。俺は3年生だからみどりちゃんよりも1つ上だよ」
3年生か。どうりで大人っぽいと思った。学年は違うけど野崎先輩は敬語は使ってないし、友達なのかな?
「高遠は片付けの邪魔だから帰りなよ」
「ひどいなー。心配してたんだよ。人見知りのみどりちゃんがちゃんと仲良くできるかなーって」
「…別に、人見知りってわけじゃないけど」
野崎先輩も人見知りなんだ。無表情だったのは機嫌が悪かったわけじゃなく、俺と同じように緊張していたせいなのかもしれない。そう考えると少し安心した。
自己紹介を終えて、その後はひたすら荷解きをしながら部屋を片付けていった。荷物はそんなに多く無いので、この分だと夜までには全て終わりそうだ。
「そろそろお腹すいたね。学食でなんか食べない?」
片付けを手伝うでもなくソファに寝転がっていた高遠さんが言う。
「そうだね、なんだかんだでもう夕方だし。でも夕方は混んでるから時間ずらさない?」
「あの、俺なにか作りましょうか。たいしたものは作れないですけど」
毎日食堂で食べるとお金がかかる。すぐにでも自炊を開始できるように、来る途中に見つけたスーパーである程度の食材を買って来ていた。2人が驚いた表情で見つめている。どうしよう、新入生なのにちょっとでしゃばっちゃったかな。
「学食の方がよかった、ですかね…」
「いや!そんなことないよ!鷹臣くん料理得意なの?ほんとにいいの?」
「得意というか、家にいるときは俺が夕食当番だったので」
母子家庭で母さんは夜遅くまで働いていたから、料理は俺が担当して、それ以外の家事を双子の弟が分担していた。放課後は毎日寄り道もせず真っ直ぐ帰らなければいけなかったけど、それを苦痛に思ったことはない。いつのまにか料理自体がひとつの趣味のようになっていたからだ。
「鷹臣。ありがとう」
あまり表情を変えない野崎先輩が、かすかに笑った。名前で呼ばれたことも、俺全然そういう趣味はないけどこれはちょっとドキっとする。やっぱり冷たい人ってわけじゃないんだ。
ダンボールの中から調理器具を探し出し、キッチンへ向かった。
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