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第1話
病室から差し込む、色づいた夕焼け色は寂しさを与える。
真っ白なカーテンをはためかせて姿を現す窓の外の景色は俺の世界の全てだった。
生まれてから病室を出た事がない、だからこの病院が何処にあるのかすら分からない。
両親は何も言わない、ただその沈黙が死ぬまで出れないのだと直感で理解した。
外の情報はテレビと病院に入院している患者の噂話だけだった。
治らない病気なのだろう、時々息が詰まり酷い咳をする事が多くなった。
…もう、長くはない…自分の身体だ、その事だけは何となく分かっていた。
母は俺の着替えを持ちやって来てくれるが、会う度にとても苦しそうな顔をする。
俺は母の笑った顔を見た事がない、想像してみようと思ったが見た事がないものを想像出来ない。
母は俺を見るといつも「ごめんね、ごめんなさい…」と泣いて壊れ物を扱うようにそっと抱きしめられる。
俺の存在が母を苦しめる……だったらもういっそすぐに……そんな事ばかり考える。
一年、一ヶ月、一週間、明日の命かもしれないボロボロの身体を見つめる。
俺は無駄に生きているんだ、誰にも必要とされず…ただ生きている。
ドラマは見ないようにしている、普通に生きている人を見るとなんで自分ばかりという嫌な気持ちにさせられる。
アニメは明らかにフィクションだと思えるようなバトル系のアニメとかはよく見る。
バラエティーは正直面白さがよく分からないから見ない。
情報番組は外の世界を知るために大切だから見ている。
生まれ変わったら普通の暮らしが出来たらいいな、普通に暖かい家庭で笑い外を駆け回りたい。
病室でも家族ではないが笑い声が絶えない、大部屋だから他にも何人か患者がいる。
年齢はおじさんから小さな女の子まで様々の人がいる。
その中の隣のベッドだったからよく話していた同じ歳くらいの少女が俺のところにやって来た。
いつものパジャマじゃなくて、普通の服を着ていた。
……そうか、数日前から日数を数えていつかいつかと待ちわびていたが今日退院か。
何度仲良くなった子を見送ったか分からない、病院だから入院があれば退院もあるだろう…俺みたいなのはあまり見た事がない。
この子は入学式を逃してしまったが17歳から学校に通うらしい。
…いいな、学校…俺も通いたかったな…小学校すら通ってなかったから病室でいつも勉強をしていた。
「退院おめでとう」
「ありがとう!君も早く退院出来るといいね」
心からそう思い微笑む少女の顔を見れなくて下に視線を向ける。
俺が不治の病だって知らないから当然だ、だから俺も何でもない顔をして笑って「ありがとう」という言葉しか出なかった。
ちゃんと上手く隠せただろうか、羨ましいという気持ちを出してしまったたら彼女に悪い。
少女を呼ぶ若い女性の声が聞こえた、きっと母親なのだろう。
少女は後ろに向かって返事をすると俺の前になにかを置いた。
これはよく最近テレビのCMで見かける最新の携帯ゲーム機ではなかっただろうか。
「これあげる、お友達のしるし…ソフトは私が遊んでたのでごめんね」
「…でもこれ、高価なものなんじゃ」
「気にしないで、家に弟のがあるから!それに…なんだかいつも退屈そうだったから暇潰しになればいいと思ってね」
「ありがとう、大切にするね」
そうお礼を口にしたら少女は笑い病室を出ていった。
静かになった病室でぽつんとサイドテーブルに置かれたゲーム機に触れる。
ゲームは生まれてこのかたした事がなかった、楽しそうにゲームの話をする子供達を見ていいなとは思った事があるが、さすがに母にそんな事言えなかった。
だから手探りでやってみようと思った、これはきっと神様が与えてくれた最後のプレゼントなのだろう。
ソフトもくれたがどんなゲームか分からないが、せっかくくれたんだから楽しもう。
少しでも生きていた思い出を作れたら、そう思えるようになっていた少女とゲームのおかげだろう。
起動するとタイトル画面のアイコンが写し出された。
もうソフトは入っていたようで、これを押せばゲームが出来るのか。
真ん中にメイド服の肩まで長い茶髪の少女に、少女を取り囲む白い服に赤いマントの美形な顔の男達が立っているイラストだった。
何のゲームだろうか、あ…そういえばCMで見た事があったな。
なんだっけ、今女の子達が夢中になっているゲームなのだろうか。
ゲームを起動すると会社のロゴの後、オープニングが流れた。
戦うシーンがあり、どうやらファンタジーの内容らしい。
メイド服の女の子がいろんな男達と見つめあったり抱きしめたり、キスまでしている。
オープニングだけで分かる、恋愛要素が強いゲームらしい。
オープニングが終わり、スタートを押してゲームを始めた。
攻略キャラクターは四人の騎士、俺様黒髪騎士団長とクール隻眼銀髪副団長、呪いで子供にされた糸目の茶髪の騎士、青と黄のオッドアイの王子様のような金髪騎士。
一人一人ボリュームがあり、誰かの話が短かったとかはない。
日常生活で魔法が使われているほど魔法が息をするように当たり前になっている世界が舞台だった。
生まれた時から決まっている魔力の強さが格差社会を生んでいた。
階級は魔力の総合的な強さから聖騎士、上級、中級、下級に分かれている、聖騎士は今や伝説の魔法使いとされているから基本は上級からの3つの階級だと言われている。
階級により世間の目も優遇も変わってきていて、ちょっと嫌な世界だなと思った。
ヒロインの女の子は一番下の階級で魔法学校でも虐められていた。
でも明るく元気で負けない強い心を持っていてこちらまで元気をもらえた。
俺もいろいろと学ぶ事があり彼女には幸せになってほしいと思った。
貧しい家だから学費を払うためにアルバイトをしなくてはならなくて、でも階級が低すぎて何処も雇ってもらえなかった。
そんなある日、彼女の前に一人のお爺さんが声を掛けてきた。
お爺さんは彼女に騎士団員が寝泊まりする寄宿舎の清掃のアルバイトを探していたという。
願ってもみないチャンスに勿論少女は喜んで頷いた。
そして寄宿舎のメイドになった少女は運命の出会いをした。
バッドエンドと言われるエンディングは胸が締め付けられるほど悲しかった。
でもその代わりハッピーエンドは幸せそうで良かった。
全てのエンディングを見たら真エンディングというものが開くとゲーム内の説明書で見た。
もう全てのエンディングを見た筈だから真エンディングに入れる筈だ。
今までの謎が全て解き明かされる真エンディングは騎士四人が仲良くヒロインを愛すエンディングだった。
一人だけを愛すだけが恋愛ではないのか、浮気とも違う不思議な関係を見て勉強になるなぁと思っていた。
俺の今の人生だと恋愛とは無縁だろうけどね、少しは胸が苦しくなるような恋愛をしてみたいとは思っていたが異性とは友人止まりで終わってしまう。
そしてずっとヒロインの恋を邪魔していて騎士に懲らしめられ逃げていた悪い双子の兄妹との最終決着となった。
この世に不幸をもたらす悪役の双子は覚醒した騎士達により殺されてしまった。
…酷い事をいっぱいしたし、好きにはなれない敵だったけど死んでしまったら何だか悲しく感じた。
この双子も幸せになるエンディングがあったら良かったなと全てのシーン、CG、エンディングを埋めて全部クリアした。
全て見終わるまで死にたくないなと思っていたら一週間も夢中になってやっていた。
その思いが寿命を伸ばしたのだろうかと窓を見ながら考える。
ヒラヒラと美しく木の葉が待っていてまるでゲームの中の魔法のようだと思っていた。
フィクションの世界だから実際こんな世界ないとは分かっているが、願わずにはいられない。
贅沢は言わない、ただのエキストラでもいい……俺に生きたいと思わせてくれたこの世界を自分の足で立って見てみたい。
誰かと結婚して幸せな家庭を作れたらどんなにいいか、想像するだけで頬が緩む。
それから一日一日と時は過ぎていき、俺の身体に変化があった。
もうゲームを持つ手も動けず、喉が焼けるほどに痛みが走るのに咳も止まらない。
口から僅かに血を吐き出し、呼吸がしづらくなり、シーツを掴む。
……あぁ、もう…終わりか…思ったより呆気なく早かったな。
水分が全部汗で流れてしまったからか自然と涙は出なかった。
きっと新たな人生を歩もうと前向きになれたからだろうか。
それはきっと良い事なのだろう、もうすぐ命が燃え尽きるのに気持ちは不思議と晴れやかだった。
目もかすれてきて、何も見えないがきっと周りには主治医や両親がいるのだろう。
泣きながら俺を必死に呼び掛ける母に笑って安心させたいのに顔も動かない。
俺は優しい両親の元に生まれて幸せだったよ、こんな身体に生まれて…ごめんなさい。
心の中でそう思いながら意識がスッと消えてなくなった。
これが死ぬという事なんだ、案外あっさりしているんだな。
俺の魂は浄化してまっさらな状態になり新たな人生を歩む…その筈だった。
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