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第9話
イリヤ、11歳…ただいま勉強中。
家庭教師の眼鏡の男性が目を光らせている横で必死にノートの上をペンが走る。
静かな室内に音が響く。
あれから5年が経っていて正直攻略キャラとの初対面を忘れつつあった。
それどころではないのもある。
パーティーから帰って来た翌日から母を一度も見ていない。
誰かの怒鳴り声とヒステリックに叫ぶ声が聞こえていたが、そのせいだとは思いたくない。
……あんな事になる前は、俺達双子の顔を見に来るのは多くはなかったが一週間に一度は必ず見ていた。
それなのに母が5年も会いに来ないのは変だと思った。
様子を見たいが部屋は内側から鍵が掛かっていて開けられない。
それに正直また母のあの顔を見るのは怖かった。
イブはメイドに頼めば部屋の外に出してもらえるが俺がいくらお願いしても聞いてくれない。
俺はきっと外に出て恥ずかしい子供なのだろう。
「それでは今日はここまでにいたしましょう」
家庭教師の声でやっと読み書きが終わり深いため息を吐き机に顔を伏せる。
でもまだ休憩は出来ない、次は魔術の勉強だ。
落ちこぼれだからかスケジュールはぎっしり詰まっていて、少しでもマシになるように頭を良くしろという事なのだろう。
勉強は好きではないがそれはありがたかった。
勉強しといて損はないしな。
家庭教師が去り、次に魔術の腰まで長い茶髪ロングのちょっとオネェの先生が入ってきた。
「じゃあ始めましょうか、イリヤ様」
「……は、はい」
話さなかったら見た目美人な先生だけど毎回野太い声でがっかりする。
初めの頃、俺は実技の授業をやった。
日常で必要な火と水を出せと言われた。
魔術書を片手に持ち、覚えたての魔法語で本を解読した。
火は下から上に力強く持ち上がるイメージ、水はコップから水が溢れ出るイメージで魔法を具現化すると書いてあった。
その通りにやった、下から上に持ち上がる……溢れ出る……
結果は散々なものだった。
火はライター一本のような小さなもの、水に関してはただの手汗みたいになっていた。
ここまで酷いものは見た事ないとオネェ先生は驚いていた。
俺もまさかここまでなんて…と落ち込んだ。
こんな魔法じゃ魔法必須な世界でどう生きていけばいいのか分からない。
最初は危ないからと家の庭でやっていたが、この酷い魔法を見せられ家の中でやってもいいだろうとオネェ先生が判断して唯一の部屋からの外出になったであろう魔術の授業は部屋でやる事になってしまった。
「それじゃあ火の魔法をやりましょうか、これがないと美味しいごはんも食べられないわぁ」
確かにこの世界にガスはあるが火を付けるのは魔法だ。
ライター一本でも十分に料理が出来ると思われるが、この世界はそんなに甘くない。
弱い火しか出せないのは同時に継続させる体力がないという事だ、魔法は自分の手から放たれると一定の時間が経過したら自然と消えてしまう。
聖騎士クラスになるとつけるのも消すのも自由自在だが一般的な魔法使いは継続させる魔力が必要となる。
一般的な魔法使いでも普通のコンロくらいの火が出せるから料理を作るのに困らない。
しかし俺の場合は火が続かないからごはんを炊く時間さえない。
料理だけじゃない、火は冬を越すための暖房にも必要な魔法だ。
大きくなったらこの家を出て一人立ちしなくてはならないから今の俺が一人暮らししたら冷たい生野菜くらいしか食えず冬は凍死するだろう。
そんな人生絶対に嫌だ!と身体を震わせて必死に火を出そうとする。
しかしライターサイズの火が一分しか持たず消えた。
オネェ先生からため息が聞こえた。
「真面目にやってますか?」
「…かなり真面目です」
「それならイリヤ様の実力はこの程度しかないのね、もういいかしら?これ以上貴方に時間を使ってられないわ」
「まっ、待って下さい!俺っ!もっと頑張りますから!」
「ちょっ、離しなさいよ!魔力は生まれた頃から決まっているのよ!貴方には無理よ!」
俺は必死にオネェ先生にすがりついた。
ここで見捨てられたら俺、生きていけない。
もっともっと頑張るから見捨てないでくれと泣きながらすがった。
しかしオネェ先生は俺を鬱陶しそうに見て突き飛ばした。
そしてよろけたオネェ先生が短い悲鳴を上げて倒れた。
慌てて駆け寄るが死んだように気絶している。
「……俺、またやっちゃった」
ここのところついてない事が多すぎる。
夕飯の時、醤油を取ろうとして肘の近くにあった味噌汁を溢し、それが母が大切にしていた着物に掛かった。
母はしばらく姿が見えなかったがイブが母の着物を着たいとメイドにお願いして持ってきていた時だった。
イブは汚れた着物を見て、さっきまで着たがっていたのにもう熱が冷めていて無関心で夕飯を食べていた。
家庭教師との勉強の終わり、帰ろうとする家庭教師を見送ろうと立ち上がった瞬間頭が家庭教師の顎にヒットして家庭教師の眼鏡が吹き飛び謝ろうと一歩踏み出しその眼鏡を壊した事もあった。
……運が悪すぎる事が頻繁に起きているが、ただ俺の運が悪いだけなのだろうと思って気を付けていた筈なのにまだ学びたい事がいっぱいあると焦ってしまいこんな事になってしまった。
オネェ先生を誰かに助けてもらいたくて部屋のドアを叩き大きな声を出すが誰も来てくれない。
こんな時に誰もいないのだろうか、それとも落ちこぼれの俺に関わりたくないだけか。
勉強が終わる時間、メイドが部屋に入ってきて倒れるオネェ先生とどうしようか迷って落ち着きなく部屋をうろうろしていた俺を見つけた。
オネェ先生を引きずりメイドが部屋から出ていった。
きっともうあの先生は来ないだろうな、これから俺…どうしよう。
ゲームの俺はどうしていたっけ?いやダメだ、ゲームと今の俺は魔力が違いすぎるからあてにならない。
むしろヒロインと似ているなとふと思った。
ヒロインも俺と同じ魔力が微量で落ちこぼれだったけど明るく元気だった。
俺もあのくらい元気だったらなと考えてしまう。
ヒロインはゲームでは魔力を使えないから周りの人に協力してもらって生活していた。
…俺とヒロインの違いは人脈があるかないかだった。
それにヒロインは聖騎士を覚醒出来る立派な力がある、俺とは違う。
最初は普通の魔法使いとして生まれたかったけど、この世界でも俺は生きにくいんだな。
……神様はなんで俺にこんな試練を与えるのだろうか。
普通に幸せを望む事が愚かしいという事なのだろうか。
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