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第20話

 深く深く、沈むように降りていく。一条の光さえ差さない深淵の底は、暗く冷たい。誰もが容易に降り立っていい場所でない暗闇の底で、その記憶は蹲る。  なぁ、クラリーチェ。これは罰なのかな?  確かにそれは、触れてはいけない大綱だった。犯してはいけない罪だった。  でも本当に、罰として生まれ変わったのかな? 俺が記憶を持ってるのは、罰を与え続けるためかな?  女神ミュフィアは、クラリーチェにそんなことを強いるかな?  創世神レグルスは、クラリーチェにそんなに無慈悲かな?  クラリーチェは最期に、女神に願っただろう? ラルスのそばにいたいって。  その願いを、女神はちゃんと聞いてくれたんだ。あの世界と関わりない遠いこの世界で、今度はちゃんと手を取り合える場所で、比呂と出会った。  女神ミュフィアは、許される機会をクラリーチェに用意してくれたんじゃないのかな?  大丈夫だよ、クラリーチェ。比呂はクラリーチェをちゃんと受け入れてくれる。クラリーチェの愛したラルスは、今でもクラリーチェを愛してくれているよ。  だから、そろそろ泣くのをやめて顔を上げてみないか? 君が泣いているのは俺が辛いよ。  俺を想って独り蹲るのなら、俺のために一緒にいてくれないかな?  俺には君が必要だよ、クラリーチェ。君は、俺の核を成すものだから。  暗い暗い深淵の底で、優依の手は真っ直ぐと蹲る記憶に伸ばされる。銀糸の髪を長く伸ばした儚く美しい巫女に姿を変えたそれは、泣き濡れた瞳を上げて優依を見る。  戸惑うように伸ばされた震える白い繊手を、優依の手が力強く引っ張り上げた。 ―――!!  かっと触れた手を中心に閃光が広がり、深淵の闇が光に飲まれるように消えていく。  目を開けていられないような眩い光の奥で、優依の視界が誰かを捉えたような気がした。  あれは―――  認識を許される前に、優依の意識は引き上げられるように飛ばされた。  意識を取り戻して最初に見たのは、安堵した表情を浮かべた比呂だった。 「おかえり、優依」  さらりと頬を撫でた比呂の手に目を細め、優依はそっと胸に手を置く。  記憶に齟齬がなくなった。クラリーチェがただしく優依と重なり、一つになった。今までブレていた輪郭がしっかりとした線で描き出されたように、記憶が明確になった。  そっと比呂の手を握ると、寛大で馬鹿な男が優しく微笑む。その瞳に映る自分が面映ゆくて、それでも歓喜に胸が震える。 「ありがとう、比呂」  比呂が諦めず、ずっと優依に手を差し伸ばし続けてくれたから、救われた。暗闇の中で独り、自責と悲嘆にくれるクラリーチェも助け出された。  他に送れる言葉が出てこなくて、それでも万感の思いで伝える。 「クラリーチェを救ったのは優依だろ? 俺じゃぁ、クラリーチェは救えないからな」  苦笑する比呂は知っている。優依を愛していると、優依のためにラルスもクラリーチェも壊すことも殺すことも厭わないと言った比呂では、決してクラリーチェを救えなかった。クラリーチェを至宝のように大切にする優依だからこそ、あの深淵から彼女を掬い上げられた。  そうやって、比呂は何でもないことのように笑う。 「でもお前がいなければ、俺もクラリーチェも救われなかった」  優依は比呂の両手を取って、向かい合う。 「ありがとう、比呂。俺もお前を愛してるよ」  どれほどの時を超えてか、どれほどの時空を超えてか、ようやくたどり着いた。ようやく叶えられた。  長い遠回りと迷路を抜けて、ようやく伝えられた想いに、優依は破顔して愛しい男を抱きしめた。 了

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