4 / 7

婚約者

「ヴェルトリー様」  ノックのあと、俺の部屋の扉を開けて、クレマンが顔をだした。言いづらそうな顔で、 「ヴェルトリー様にお会いしたいという方が、いらっしゃっているのですが」  この屋敷に来てから、オレが来客の対応をしたことはない。わざわざ俺を訪ねてくるような知人と言えば、親父さんくらいだが、クレマンがこんな表情をすることはないはずだ。 「誰?」 「リュカ様の遠縁の方なのですが。お会いになりたくなければお断りいたしますが……」  『遠縁の方』がなぜ俺に会いたいのだろう。クレマンの表情は気になったが、別に断る理由もないし、暇だったので了承した。 「私が同室に控えておりますし、途中で退室されてもどうにかいたしますから」 「分かった」  クレマンがこんなに言うなんて、よほど性格悪いのか? と思ったが。 「へぇー。こいつがリュカ様の連れてきた『運命の番』? なんか品がなくて野良猫みたいー」  俺の顔を見てまず口にしたのがそれだ。 「うるせぇな」  年は二十代半ばくらいだろうか。美形ではあるが、線の細い感じで、リュカには全く似てない。  まぁ所詮遠縁だしな。  つーか、なんだこいつ。  とりあえず俺はソファーに座る。 「俺に何の用で来たわけ? つーかお前名前は?」 「リュカ様の選んだ番の顔が見たくて来ただけ。リュカ様のガードが固くて、会わせてくれないからさ、不在の時にきたわけ。野良猫に名乗る名前はないよー」  にこやかに言われて、顔が引きつる。視界の隅で、クレマンがおろおろしている。 (顔が見たいって……俺は珍獣かよ)  話すだけ無駄だ。俺はソファーから立ち上がって、部屋から出ようとドアに手をかけた。俺の背中を、男の声が追いかける。 「物珍しいからびびっときて、とりあえず手元に置いておこうと思ったんだろうけど、やっぱいらなくなったんだろーね。だから別のオメガと婚約なさったんだ。それでも放り捨てないのが、リュカ様の優しいトコだけど」 「婚、約?」  ドアを開きかけた手を止めて、振り返る。 「あいつ……婚約者がいたのか?」 「あ、知らなかった? 悪いことしちゃったなー」  申し訳なさそうな顔をする。そんなこと全然思ってないくせに。 「クレマン、それ本当かよ」  部屋の隅で居心地悪そうにしているクレマンを見ると、言いづらそうに口を開いた。 「……そのことは、リュカ様に直接お聞きになったほうがよろしいかと」 (否定しないってことは)  本当、なんだな。  俺はがりがりと頭をかいた。 「あー。分かった。とりあえず、晩飯まで部屋にいるから誰も近づけないで」 「かしこまりました」  恭しくクレマンが頭を下げる。また男の声がした気がしたけど、耳には入らなかった。 (俺のこと)  運命の番とか言ったくせに。ぶっきらぼうなくせに、優しくしたくせに。 (ああ、そう言えば)  「好きだ」とか「愛している」なんて、言われたことがなかった。ただの一度も。  

ともだちにシェアしよう!