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婚約者
「ヴェルトリー様」
ノックのあと、俺の部屋の扉を開けて、クレマンが顔をだした。言いづらそうな顔で、
「ヴェルトリー様にお会いしたいという方が、いらっしゃっているのですが」
この屋敷に来てから、オレが来客の対応をしたことはない。わざわざ俺を訪ねてくるような知人と言えば、親父さんくらいだが、クレマンがこんな表情をすることはないはずだ。
「誰?」
「リュカ様の遠縁の方なのですが。お会いになりたくなければお断りいたしますが……」
『遠縁の方』がなぜ俺に会いたいのだろう。クレマンの表情は気になったが、別に断る理由もないし、暇だったので了承した。
「私が同室に控えておりますし、途中で退室されてもどうにかいたしますから」
「分かった」
クレマンがこんなに言うなんて、よほど性格悪いのか? と思ったが。
「へぇー。こいつがリュカ様の連れてきた『運命の番』? なんか品がなくて野良猫みたいー」
俺の顔を見てまず口にしたのがそれだ。
「うるせぇな」
年は二十代半ばくらいだろうか。美形ではあるが、線の細い感じで、リュカには全く似てない。
まぁ所詮遠縁だしな。
つーか、なんだこいつ。
とりあえず俺はソファーに座る。
「俺に何の用で来たわけ? つーかお前名前は?」
「リュカ様の選んだ番の顔が見たくて来ただけ。リュカ様のガードが固くて、会わせてくれないからさ、不在の時にきたわけ。野良猫に名乗る名前はないよー」
にこやかに言われて、顔が引きつる。視界の隅で、クレマンがおろおろしている。
(顔が見たいって……俺は珍獣かよ)
話すだけ無駄だ。俺はソファーから立ち上がって、部屋から出ようとドアに手をかけた。俺の背中を、男の声が追いかける。
「物珍しいからびびっときて、とりあえず手元に置いておこうと思ったんだろうけど、やっぱいらなくなったんだろーね。だから別のオメガと婚約なさったんだ。それでも放り捨てないのが、リュカ様の優しいトコだけど」
「婚、約?」
ドアを開きかけた手を止めて、振り返る。
「あいつ……婚約者がいたのか?」
「あ、知らなかった? 悪いことしちゃったなー」
申し訳なさそうな顔をする。そんなこと全然思ってないくせに。
「クレマン、それ本当かよ」
部屋の隅で居心地悪そうにしているクレマンを見ると、言いづらそうに口を開いた。
「……そのことは、リュカ様に直接お聞きになったほうがよろしいかと」
(否定しないってことは)
本当、なんだな。
俺はがりがりと頭をかいた。
「あー。分かった。とりあえず、晩飯まで部屋にいるから誰も近づけないで」
「かしこまりました」
恭しくクレマンが頭を下げる。また男の声がした気がしたけど、耳には入らなかった。
(俺のこと)
運命の番とか言ったくせに。ぶっきらぼうなくせに、優しくしたくせに。
(ああ、そう言えば)
「好きだ」とか「愛している」なんて、言われたことがなかった。ただの一度も。
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