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第9話 -7

 教室へと戻る道すがら、時雨はあの男が誰だか知っているのかと気付く。他に気を取られていたが、あの何処か既視感のある男は誰なのか聞いておきたい。 「あいつの名前すら知らないんだが、教えてもらえるか」 「あー、始業式とか出てないからわかんないか。3年の北上(きたがみ)郁人(いくと)、生徒会長だよ」 「……あれが?」  授業をサボり、立ち入り禁止の屋上に出て煙草を吸っているような不良そのもののあれが、この学校の生徒代表?  俄かには信じ難いと表情を歪めていると、時雨は自らを指差す。 「俺と同じで、皆の前じゃ猫被ってるだけ。少しでも真面目に見せときゃ推薦とか狙いやすいし、生徒会長にもなればそこそこいい大学狙いやすいじゃん」 「そんなものか」 「そんなもんだよ。まあ俺と違うのはあの人は割とヤバい方の屑だってことなんですけど」 「お前も割とそうだけどな」 「え、嘘」  北上も時雨もそう変わらない。それを指摘すれば信じられないという表情をされてしまった。  時雨と共に教室に戻るとやはりかまた視線は集まる。珍獣でもあるまいし、そんなに見ても他の人間と大差ないというのに。  自分の席に座り、机の上に置かれているプリントを目にする。基本問題と応用問題が半々ずつの数学のプリント。解いて暇潰しでもしていようかと思ったが、それよりもまた眠気がやってきてしまった。  隠すことなく欠伸を漏らし、外をぼんやりと眺める。少し曇ってきた。天気予報は見ていないが、また雨でも降るのだろうか。  学校の敷地の外には市倉の車がずっと停まっている。あれは実家を出てからも変わらない。小学校の頃からずっとああやって常に近くにいるが、一度だって襲われたことはないのだし別に遊びに行ってしまっても構わないのに。  きっとそう言えばまた苦虫を噛み潰したような顔をされる。想像だけでふっと小さく笑ってしまった。  外を眺めるのも飽きてしまったと机に突っ伏し、紙が擦れる音や筆記具がリズムよく紙の上を滑る音を聞き瞼を閉じる。  教師もすぐに出て行ってしまったのに無駄な話し声もしない、最高の昼寝環境。  悟志が眠ってしまうのもすぐだった。

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