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第16話 -13

 悟志は、涙が漸く止まってきたからと澤谷の腕を押し戻した。 「父親みたいに無理やりじゃなくて、優しく触ってくれる相手なら俺のことを1人の人間として認めてもらえると思ってた。でも市倉は違った。もう信用できない。  今すぐにでも俺を認めてくれる相手に来てほしいし、認めてくれるなら何だってする」 「だから、あの同級生に身体許したんですか?」 「あいつは、最初は違うと思った。でも今は俺のことをちゃんと見てくれているし、俺を通して誰かを見ているなんてこともない。だから、」 「駄目です。絶対駄目、自分を蔑ろにしてまで認められるなんて間違ってる」  そんな相手、呼ぶなんておかしい。澤谷の言葉に悟志は吠えた。 「なら、俺はどうしたらよかったんだ!  義理とはいえ父親に毎日のように強姦されてそれを受け入れて生きてきたのに、今更離れられたかと思えばまた連れ戻されそうになって、唯一信じていた市倉にも裏切られて!  あいつ、伊野波だって最初は父親とのことを知って脅迫紛いのことをしてきた。それでもそれは俺と関係を持ちたかったからだって、俺のことが好きだから身体だけでもよかったって。でも俺、おれ、身体以外でどうしたら相手に認めてもらえるか、わからないから」  呼吸も忘れ吐き出し続け、止まりかけていた涙がまた溢れる。  時雨だけじゃない。光だって、ずっと昔から好きだったと言ってくれていた。あんなに泣いて嫌がるほど、他人との接触はしないでほしいと、光だけのものであってほしいと懇願された。  光も時雨も、自分のことを見てくれている。それに自分は身体で返すことしかできない。  市倉から受けた親子としての愛情が偽りだったのなら、もうあの2人のことしか信用ができない。  でも、光は父や市倉と同じことを他人にしていたから。自分の身代わりに他の誰かを抱いていたから。それが引っかかり、今は時雨だけしか考えられない。  今すぐに自分をただの九条悟志として認めてほしい。誰の身代わりでもなく、自分だけを見て愛されたい。  時雨が好きなわけじゃない、ただ自分を認めてほしいだけ。  澤谷は、苦渋の表情を浮かべている。それはそうだ、自分が護衛して、代わりに世話をしなければいけない子供がこんなことを言い出すなんて胃痛の種でしかない。 悟志が連絡をとるためにスマートフォンを取り出そうとすると、澤谷はそれを防いだ。 「駄目です、そいつがもし誰かに殺されたらどうするんですか」 「ならどうすればいいんだ、誰が俺を認めてくれる? お前だって、市倉についてきてるだけで俺のことは付属品だとしか思ってないくせに」 「思ってません。……俺が認めるんじゃ駄目なんですか」 「は?」 「俺は、悟志さんの父親のこととか一切知りません。好きな相手も生まれてこの方1人もできたことないし、あんたを誰かに間違えるなんてこともないし、そもそも俺男は興味ないし。それでも俺は悟志さんを1人の人間として認めてますし、何よりあんたと親子盃を交わせたらとも思ってる。俺じゃ不満ですか、役者不足ですか」  市倉の男気に惚れたと言っていた。一生兄貴についていくと。だから、澤谷はただ市倉のためだけに動いていると思っていた。  それなのに、市倉の付属品であり年下の子供でしかない悟志と親子になるとまで言ってのけるそれに、言葉が出ない。  澤谷は、じっと悟志の目を見返してきた。

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