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第17話 -5
悟志の背後で衣擦れの音がする。何故か心臓が跳ね、耳を澄ませてしまう。無言になってしまったからか、悟志が言い辛そうに声を発した。
「本当に危ないから、教えられない」
「うん、それはいいんだけど」
「?」
「市倉さんと一緒にいるの?」
「……あいつはいない。お前も会ったことある若い衆のあいつと一緒だ」
久し振りに悟志の家に行った時、市倉の代わりに護衛をしていた男だ。光はすぐにあの顔を思い出す。
市倉は何をしているのだろうか、聞こうと思ったが電話先の声に遮られた。
「悟志さん、ちゃんと服着ないと風邪引きますってば」
「面倒だから嫌だ」
「こら、逃げんな馬鹿」
一体どんな現状なのだろうか。逃げ回っているというよりは衣擦れの音ばかりで、どうなっているのかわからない。ただ、仲の良さそうな様子は聞こえる。
嫉妬してしまいそうになるのを抑え、少し黙って待っていた。何が楽しくて好きな人と他の男がいちゃついている音声を聞かなければいけないのか。苛立つのを声に出さないよう、衣擦れの音がなくなるのを待ってから悟志に呼びかけた。
「さと、その人と仲良しなんだね」
「別に、そんなんじゃない」
「さとひとりっ子でお兄ちゃんいないし構ってもらえて丁度いいんじゃん?」
「……こいつが兄は嫌だな」
「しみじみと顔を見ながら言わないでください」
すぐ近くにいるのがわかる程の声の拾い具合。それを聞いた光は人混みから外れカラオケ店に入った。防音もそれなりにされている個室に入ったら誰かに聞かれる恐れもないからと、すぐに会員証を提示し手続きしてもらいエレベーターに乗り込み部屋に入る。
「移動中だったのか?」
「まあそんなとこ。でももう着いたから」
「何か用事でもあるなら切ったほうがいいんじゃないか」
「いやいや、ただのカラオケだし問題ないよ。んでさ、さとはなんで市倉さんじゃなくてそいつといるわけ?」
黙って聞いているのが耐え切れなかった。歌うために入ったわけじゃない、誰に聞かれるかわからないから無難な問いかけしかできなかったのに歯痒さを覚えたから。
何故か市倉に関してのことを言い澱む悟志に、続けて問いかけた。
「俺達と年の差もないような男と2人でいて風邪ひくような格好してんの? 何それ。どんだけ男誑かせば満足するのかな、俺の好きな人は」
「……ただ風呂上がりなだけで」
「へぇ、まあ見えてないからどうとでも言えるけどさ」
嫉妬心が止まらない。嫉妬丸出しで噛み付くような言い方に電話先の悟志はタジタジになってしまっている様子だ。光は止まらず続ける。
「今そっちが危ないのは俺の父さんから聞いて知ってるけどさぁ、俺と会えない中他の男といちゃついてるの聞くのマジでイラつくんだよね」
「本当に光だよな?」
「あんなに褒めてくれた俺の声忘れちゃった?」
「いや、忘れてはない、……けど」
「けどなぁに?」
猫を被る余裕もなく、時雨達に対するのと同じような口調になりつつある。自分がコントロールできない。答えがないことに、光ははぁと大きく溜息を吐いた。
「無防備にさとのこと狙ってるしぐと遊びに行って、あの人にも襲われてんのにまだ素性わかりきってない男と2人でいるとか、本当に危機感ないよね」
「こいつはただの市倉の弟分だ」
「でも組の人間なら信用しきっちゃいけないはずだよ」
「……お前、何でそんなに怒ってるんだ」
「俺の好きな子が俺と電話してるのに他の男といちゃついてるからですけど?」
取り繕うこともなく、能天気さに舌打ちまで出そうになる。
一旦落ち着こう。悟志だって言い分はあるからと少しだけ黙り、ドリンクを頼むため部屋のタブレットを操作した。
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