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プロローグ

透き通るような蒼。空いっぱいに広がる色に目を向ける。朝の空気は昼間より肌に刺すようで、少し寒い。国営ということもあってか、自警団の寮は広い。いつもは起こされるまで起きないが、今日は何故だか起きてしまい、かと言って二度寝するのもなんだと思い、中庭まで散歩に来た。 隊服は暖かいが、マフラーが欲しいなあと思いつつ、ベンチに座る。 うとうとしていると、誰かの足音に気づいた。 「おい、シキ。」 「なんだ。セイか。」 足音の正体は、同僚でもあり、第七師団三番隊副隊長セイウンだった。ベンチから見上げるとなんとデカイこと。おかげで首が痛い。 「珍しいな、お前が朝早くこんなとこにいるなんて。」 「ああ、なんか起きちゃってさ。」 「いっつも俺が起こしてやってんのになあ。これが毎日続けばいいのに。」 「うっせ。なに?なんか用でもあったんじゃねえの。」 「あ、うん。そうそう。……団長殿がお呼びです。シキ隊長。」 わざとらしく「シキ隊長」なんて呼びやがって。 ニヤリと笑うセイに俺は思いっきり嫌な顔を向けた。 ………あの俺様団長に呼び出されるなんて今日は厄日かもしれない。 * シビュラ。ここは神が住む国である。 国土面積が大きく経済的にも比較的豊かなこの国は、人口も多い。街は毎日にぎやかで学校では学業とともに軍事指導もしている。平和な毎日がこのまま続けばいいのにと願うばかりである。 神がいる、と言っても姿形が見える訳ではない。だが、この国の人々は口を揃えて言うのだ。「いる」と。 ただ、神は何もしない。何もしないと言うと誤解を招くが、神は責任を取らない。なんの責任か?そりゃあ、"創った"責任だろう。 その話はさておき。しかし、ライバル国との睨み合いはここ数年続いており、緊張状態のままである。 かと言ってこの国の住人でそれを気にするのは国のお偉さんか、俺達くらいなもんだろう。俺達も大して気にはしていないが。 いざ戦いの火蓋が切って落とされた時、 駆り出されるのは、自警団である俺達だ。 この国の自警団は大きく分けて7つである。それぞれ役割があり、おれが在籍するのは国の砦とも謳われる第七師団である。 さらに言うと、第七師団は三つに分かれているが、俺は三つ目に所属している。 #第七師団三番隊__ダガー__#は曲者揃いの変人の集まりだ。 腹立つ顔をしてきたセイの足を思いっきり踏みつけやってきたのは、俺を呼び出した本人の執務室。この重そうな扉を開けるのが嫌すぎて五分くらいなにもせず突っ立っている。 深呼吸をひとつして、ノックをする。 「入れ」 その不遜な声に無性にイラッと来る。上司にキレ散らかすわけにはいかないため喉まで出てきた文句を飲み込んだ。 「…お呼びですか。団長」 高そうな革の椅子にふんぞり返って座る男。座っていても体格が大きいことがわかる。金色の綺麗な髪とがっしりとした身体。そしてなにより、顔がいい。 この不遜で眉目秀麗な男、トーカ・オウシュウ。我らが団長様である。 その無駄に長い足を優雅に組み換え、綺麗な蒼い瞳を細めてこちらを見る。 「よお。朝からご機嫌ナナメか?」 世間一般的にはその低く腹に響くような声は、イケボと言えるだろうが騙されてはいけない。 誰のせいでしょうかねえ!と心の中でシャウトしながらも、なんとか冷静さを保ちつつ口を開く。 「…ご用件を。これでも俺は隊長なので、仕事は山程あるんですが。あんたに割く時間はないんですけど。」 言葉に棘があるが、これくらい言ってもいいだろう。この男は視界に入るだけでムカつくのだ。 「そんな怒んなよ。隊長っつってもよぉ、ダガーの、だろ?」 「そのダガーを作ったのはあんたでしょうが! そもそも!うちの隊は性質上、事務仕事が少ないのはしょうがないでしょう!!」 「なんなら、二番隊の手伝いでもしてくるか?」 「アンタが、俺達に麻薬密売組織だ、ヤクザだ、テロ集団だ、カルト宗教だ、って色々めんどくさい仕事うちに押し付けてるから無理です!」 「しょうがねえだろ?七じゃ、お前らダガーが一番動かしやすいんだからよ」 七とは、第七師団のことである。 その名の通り、お前の懐刀で首を掻っ切ってやろうか、と心の内で毒を吐いた。 なんだ、一番動かしやすいって。俺たちは将棋で言う、歩か? 俺達は、どっちかっつーと、チェスのクイーンじゃボケ。 心の中で悪口を言うのに必死で黙り込んだ俺に、トーカは追い打ちをかける。 「お前さぁ、なんかやらかしただろ?」 睨みをきかせてきたトーカに一瞬焦る。 しかし、実際はなにもしていないはずなので首を思い切り横に振った。 トーカと比べて真面目に生きてるんで!俺は! 「………団長じゃないんですから、なんもやらかしませんよ。なんですか、なんか上から通達でも?」 「まあ、そうだよなあ、お前真面目ちゃんだもんなあ」 ニヤニヤと人を小馬鹿にしたように笑うトーカに右ストレートを頭の中でぶち込んだ。現実でやったらぶち込む前に、俺のケツにぶち込まれそうだ。ナニをとは言わないが。 「通達じゃねえ、辞令だ。」 と、トーカが俺に一枚の紙を渡してくる。触り心地からして高そうな紙使ってやがる。 そこに書いてある内容を読んで、トーカを見やる。 「………まじ?」 「大まじだ。ボケ。さっさと部屋戻って荷造りしやがれ。カス」 トーカの悪口のボキャブラリーの低さも気にならないほどの驚愕の内容。 そこに書いてあったものは… 『 辞令 シキ・シノノメ殿 貴殿を我が軍事学校主催である、 練習試合の参加を認める。 自警団総帥 』 要するに、 『ヤッホ~~俺っち王様! 君にうちの軍事学校で一発ぶちかましてほしいんだ! 拒否権はないからよろしくーん★』 ってことなんだけれども。何故だ、何故俺が? 「………これいつまでに行けばいいんすか。」 「明日」 「………はあ!?明日!?」 唐突過ぎる事実が発覚し、腰を抜かすかと思った。危ない。そもそも、俺は国に唯一あるエリートの集う軍事学校で練習試合をするような立場にないというのに。 「じじいが、どうしてもお前がほしいんだとよ。それで、練習試合後は一年学園にいてほしい、だとさ」 「い、いやいや、明日から一年?急すぎません!?つーか、俺弱々じゃないすか!!高校生に負けます!!!そ、それより隊は!?隊はどうするんですか!」 普段トーカの前で感情を出さない俺が、慌てるのが面白いのか意地悪そうに笑っている。 先程まで自分の所有物が、しばらく留守にするから拗ねていたくせに。 「………まあ、隊はどうにかなる。任務の時は連絡する」 「は、はあ!?そんな無茶な…!」 「練習試合は、死ぬ気でやれ。負けたら犯す。いいな?」 「なッ…」 「つーかよお、どこからお前の情報が漏れたんだァ?あの狸ジジイには惜しいっつーのによぉ」 舌打ち。いやいやいやそういうことじゃない。 「お前は俺のもんだ。だから、周りからちやほやされんのは腹が立つ。 だがな、それで『じゃあヘマして来い』って言うのも嫌だ」 「…嫌だってあんたいくつよ…」 「よし、お前今から怪我しろ。それか寝込め。」 「アホか!無理です!」 ガキじゃないんだから!しかも現国王の辞令に子供みたいな理由で断れるわけないのだ。 「無理じゃねえ、俺様の言うことは絶対だろ」 「いちいちアンタの言うこと聞いてたら、身がもたねーよ!!」 「あぁん?できねえってか?」 この暴君め… 「…はあ。もう、明日なんでしょ?時間ないんで。荷造りしてきますよ。」 俺はそこで会話を強制終了し、部屋を出た。 トーカがまだなにか言っていた気がするが、これ以上トーカの側にいたら本当に体調を崩す。 逃げるように、俺は自室へと急いだ。

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