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軍事学校
軍事学校というのはエリート学校である。
本来義務教育は初等部中等部の六年で終わるが、この国で唯一高等部として存在するのは軍事学校であり、卒業まで四年かかる。
そのため、高等部に上がる人間は少ない。
つまり、エリート中のエリートが軍事学校に集まるり、将来国に仕える為の勉強をこの軍事学校で行う。
「…そこで練習試合ってどういうことだよ。ボロ負け確定か………?」
ひとつ、言い訳をさせてもらうが、俺は第七師団三番隊隊長だぞ…?つまり、国の最後の砦の懐刀ってことだ。だから、俺達第七師団を知る連中は俺達のことを『ダガー』と呼ぶ。要するに、最後の最後まで出てこない隊の隊長だ。仕事も第一や第二に比べれば少ない。
…そして、俺は第七師団最弱だ。別に第七師団を貶している訳じゃない。むしろその逆。俺は俺達を信じている。だけど、俺自身はクソなんだ。
トーカからの猛反対(行けとか言った癖に)もガン無視で王都行きの馬車に乗った今朝。
自警団の寮は訓練の為に王都より離れた場所に作られており、約2時間半かかるため、いかんせん尻が痛い。
疑問に思うのは、団長なんであんなに俺を表舞台に出したくないんだ……?恥晒しだから?いやいや、それにしては怪我しろとか、なんだとか、団長のことだから、オモチャ取り上げられるような気分なのかもしれない。
「…つーか、酔ったわ………」
馬車に揺られ、ケツがかなり痛い。そこでふと思い出す。
「あいつらに言ってくんの忘れたんですけど………」
自警団に戻ったら、怒られるどころでは済まないかもしれない。
*
「………さすがエリート様が集う学校、でっけえや。」
馬車が止まり、降ろされた俺は王都にあるシビュラ軍事学校という文字が書かれたもはや城とも言える建物の前に立っていた。周りは高い塀に囲まれておりその奥には塀より高い木が植えられているのがわかる。
まるで牢獄のような場所だな…
とりあえず中に入ろうと、入口を探す。
ただ、いかんせん城を囲う塀は高いし、目の前の扉は人力では開かないだろう。インターホンとかないのか?
なんて考えていると重厚な音を立てて扉が開いた。
『お待ちしておりました。シキ様。中で陛下がお待ちです』
スピーカーがどこかについているのだろう。機械音を帯びた音声が流れ、「あ、はい」と素で返事をする。
どうやら監視カメラで俺の挙動不審な様子を見ていたらしい。恥ずかしい。
インターホンの無機質な声の内容をもう一度確認する。『陛下がお待ちです』と言っていた。…陛下?つまり俺はこれから現国王と会わされる訳で。
胃の痛みが増した。
*
応接室に通された俺の前に現れたのは、三十代半ばくらいのダンディーなおじさまだった。
現国王は随分とお若いらしい。
「やあ。君がシキ君だね。トーカから話は聞いてるよ。」
そこで俺は一礼をする。礼儀作法は第一印象を決める。この表面こそはニコニコしているが腹の中なに考えてんのかわからん親父に初っ端から舐められるのは嫌だった。
「自警団第七師団三番隊隊長シキでございます。この度は、お招きいただき誠にありがとうございます。」
俺は愛想笑いくらいはできるんだ。褒めろ。俺最大の愛想笑いで微笑み、王様を見つめる。
チビで色白でひょろっちいせいで今まで苦労したんだ。せめて、世間知らずだとしても、プラスして礼儀知らずなんて罵られたくないだろう。
「あぁ。本当によく来てくれた。君に会いたくてわざわざ学校まで足を運んだ甲斐があったよ。」
「…左様でございましたか。わざわざお忙しいのにこちらまで足を運んでいただいたとは、光栄に思います。
…失礼ですが、この度の辞令、なにか訳があるように私は思いますが、聞かせていただいても?」
「畏まるのはよしてくれ。これはプライベートでね。
…まあ、訳があるのはお察しの通り。でも僕が君に会いたかったというのは本当だよ。」
一国の王が、こんな軽い感じでいいのだろうか。訝しむ表情をした俺の内情を察してか王が口を開く。
「…君は第三師団団長を知ってるかね?」
第三子団団長、セツカ・オウシュウ。現国王の実の息子であり、次男。王位継承権第二位の男である。
「存じ上げております。」
「まあ、ウチのぼんくらがね、まあちとやらかしてね、それでこの軍事学校に入れることにしたんだ。」
まあ、やらかしたというと大体女関係だろう。王子様のそういった類の話はよく聞く。
「…その時うちの馬鹿がね、ダダを捏ねてね……入るなら、君に会いたい、と。」
……はあ?
実際に声には出ていないが、頭の中で盛大な「は?」が出た。
ちなみに俺はその王子との面識はなかったはずである。
「そこでね!…この学校で君とこの学校の生徒で練習試合をしてもらおうと思いついてね!
これは単に僕が君に興味があるってだけなんだけどね!」
「…すいません、ちょっと突拍子もない話すぎてついていけないのですが……。任務期間は一年というお話では…?」
「うん、それなんだけどね、息子は君と同い年なんだけど、また同じことをしでかさないためにお目付け役やってもらおうと思ってね。
君には仕事があるだろうから、最初の一年だけでいいんだ。」
王からのお願い、というかもはや命令に変わりないそれに心の中は荒れ狂う。
第一何故練習試合?俺で遊びたいだけか!
しかし、断れないだろう。目の前にいるのは現国王様なのだから。よりによって面倒臭いことを仰せつかってしまった。
と、いうよりなんで俺!こンの馬鹿王子!と、顔も知らない王子サマを罵った。
その前に同じことをしでかさないかってここ男子校なんじゃなかったっけ…。ちなみに、この国において同性愛はマイノリティではないが、王子様の噂は女ばかりである。そんな場所で、お目付け役なんて王子というのも窮屈なものなのだな、と同情をする。
「……かしこまりました。ただ、ひとつお願いを聞いていただいても?」
「うん。いいよ、私が叶えられることなら。」
そう言って微笑む陛下に、条件を話す。
「そのお目付役の任務中は、身分を隠してもよろしいでしょうか?ご覧の通り、私このように平凡とした容姿ですし、隠すのは容易いかと思うのですが……」
そんなめんどくさそうなやつと俺は絡みたくない…!
「それは、いいけど…。つまり、遠くからうちの馬鹿息子を見張ってくれるってことかな?」
「そういうことになりますが、よろしいでしょうか?」俺は本当に嫌なんだ!そもそもこの学園に生徒として通うのも練習試合も嫌だ!
「うん。そうだね、大丈夫。というか、そっちの方が君にとって都合がいいだろうし。構わないよ」
「ありがとうございます。」
俺の心の叫びはもちろんのこと通じず、結局ノーと言えない若者はイエスと言ってしまう。
「うん、じゃあここの理事長に会っといで。なんか説明したいらしいから」
「はい。では、失礼致します。」
「うん。またね、シキ君。」
『またね』と言った国王に、俺は「もう二度とお目にかかりたくないです」と内心返事をする。
そんな俺の気持ちを他所に王様はその鉄壁とも言える笑みを崩すことはなかった。
***
綺麗な動作で扉から出て行く彼を見送り、自然と上がる口角を抑えることなく自分の部下に目を向ける。
「彼、すっごく面白い子だったねえ。」
顔は嫌々言ってるのに、はいって言っちゃうんだもんなあ。
「左様で。」
肯定をする部下に気分が良くなる。
「練習試合、楽しみだなあ。」
「では、調整しておきます。」
「うん。よろしく頼むよ。」
自分の優秀な部下に感謝して、この後の練習試合を楽しもう。秘蔵の赤ワインを飲みながら、練習試合を楽しんでもいいかもしれない。
そう思うと、ますます胸が鳴った。
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