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洗礼
これだけ広い学校ではあるが、先に渡された校舎の地図を見る。しかし、本当に大きな校舎だ。国唯一の高等教育の場なため、当たり前なことではあるが。それだけ、この国がこの学園に金を使っているということがわかる。
理事長室の前に立ち、ノックをする。
「失礼致します」
「よぉ、遅えじゃねえか」
……聞き覚えのある声である。そして、嫌な予感。
「…なんでいるんですか、団長」
今はというか出来れば会いたくない我らが団長そして、五十代半ばくらいだろうか、白髪眼鏡のダンディーな男性だった。きっと、軍事学校の理事長だろう。
「いらっしゃい。シキ君。ようこそ我が学園へ。歓迎するよ」
理事長に丁寧な挨拶をされてしまえば、団長なんか構っていられない。
「お招きいただきありがとうございます」
「おい、シキ。じじいとの面会は済んだのか?」
「あ、はい。というか、団長がじじいとか言うからもっとご高齢かと思ったのに、そんなことないじゃないですか」
普段トーカは陛下のことをじじい呼ばわりするのだ、どんなもんかと思えば、三十代くらいのイケメンダンディーなおじさまだった。
「はあ?じじいは今年で五十六だぞ」
「へ!?」
「現国王は、見た目がお若いんだよ。昔からあまり容姿は変わらないね」
「あ、そうでしたか」
「じゃあ陛下から話は聞いたと思うけど、まずこの学園で練習試合をやってもらうよ」
「おい。シキ。てめえ、でるからには勝てよ」
「トーカ、君は変わらないな。シキ君に失礼だろう」
トーカはまた偉そうに口角を上げる。この顔が俺は苦手だ。どうにも好きになれない笑い方をする。
「あ?いいんだよ。コイツは俺のものだ」
「…はあ、シキ君。ごめんね?上司がこれだと、色々苦労するだろう」
「否定はしませんが、大丈夫です。
…先ほどから、気にはなっていたのですが、おふたりと陛下はお知り合いですか?」
「なんだい、言ってなかったのか。…トーカと陛下は親子でね。私は陛下と昔からの馴染みなんだ。」
「あぁ、通りで」
第三師団団長とトーカのファミリーネームが一緒だったため、なんとなく気づいていたが、陛下とトーカは親子だったらしい。
そこらへんの詳しい話は知らないが、知らなくても特段差し支えないだろう。
「それでね、練習試合のことなんだけど、今日の夕方だからね。講堂に来るようにしてね。」
「…随分急なんですね。」
このクソ団長に振りまわれるこちらの身にもなってほしい、と皮肉交じりに言ってやる。
しかし、それは大人の余裕とやらで躱されてしまった。
「陛下もご覧になりたいと仰っていてね。勿論私も。予定が合うのは今日だったんだよ。
…ところで、君の剣はその腰に差しているものかい?二本使うのか。普通の剣に比べると、少し形が違うようだけど。」
少し皮肉を混ぜて言うとそう返ってきて、やはり聞かれるよなと一人で納得する。
「普段使うのは一本だけです。これは、特注なんです。私の故郷の武器でして、こっちの方が使いやすいんですよ。」
そこで理事長が目を猫のように細め、嬉しそうに笑った。
「実に興味深いね。昔からやっていたのかい?」
「昔からやっていた、というわけではないのですが。」
「ふふ、そうなんだね。練習試合が楽しみだ。」
「あまり期待しないでほしいですね。本当にやめてください。弱すぎて話にならないレベルなんで。」
俺がそう言った途端、トーカは実につまらなそうに、そして不愉快そうに顔を歪ませた。
「…………てめえ、わざと負けたりしたらどうなるかわかってんのか?」
「わかってますよ、団長。全力でやらせていただきます。」
わざと負けていいなら、そうしますけど。とは言わない。
「わかりゃあ、いいんだよ。」
何故こんなにも、この人は偉そうなんだ…。
「じゃあ、講堂で君のお披露目はやるから。あと二時間後に講堂に来てね。生徒の授業が終わる頃だろうから。」
お披露目て、披露できるようなものは一つもないのに。
「わかりました。理事長。」
「じゃあ、はい。これ。君が一年間使う部屋の鍵だよ。自警団の方には申し訳ないんだけど、生憎部屋の空きが無くてね、同室の子がいるんだけど、大丈夫かな?」
そう言って鍵を渡され、受け取るとそれはなんだか重く感じた。
「あー、問題ないです。寧ろ、起こしてくれる奴がいる方が…。」
「ふふ、君は朝が弱いのかな?代わりと言ってはなんだけど、同室の生徒は教師の評判も比較的良い子だから、安心しなさい。」
「わかりました。では、理事長、これからよろしくお願い致します。」
理事長の言葉に少し安心し、俺は最後に丁寧に一礼をした。
「じゃあシキ君。楽しい学園生活を。」
そこで俺はトーカを一瞥して部屋を出た。
*
理事長室から出て、一息つく。
やはり、団長の前は無意識のうちに筋肉が強張ってしまう。どうにかならないものか。別に怖いわけではないのだが。
ふと、渡された鍵を見る。カードキーのようだ。金かかってんな。
そこで俺は気づいてしまった。今現在自分が着ている物は隊服である。
これでは、自分の身分を言いふらしているようなものだ。これで、自室とやらに行ったら同室の奴にはわかってしまう。しかし、理事長が言っていたように授業中である。当然校舎は静まり返っているし、同室者もいないだろう。
…万が一の時は、正直に言おう。なんて団長にバレたら、本当に犯されかねないことを考え、寮に足を運ぶ。
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