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同室者

 カードキーを通し、部屋に入る。  共同部屋のようなスペースの両脇に2つの扉。寝室はそれぞれに用意されているのだろう。玄関から右手すぐに風呂とトイレ。共同スペースは、割と広く、キッチンや冷蔵庫、テレビまでついている。  これは同室者の私物か定かではないが、もともと備え付けの物であれば、ここは旅館かホテルか何かである。この学園に国がどれだけ投資しているかがわかる。  共同スペースから察するに、同室者はあまり部屋を荒らす質の人間ではないらしい。洗濯物は畳まれているし、シンクに皿は溜まっていない。もしかしたら、料理をしないだけかもしれない。冷蔵庫を開けると食材がある程度揃っている。きっと、同室者はマメな人間なのだろう。  少しばかりホッとしたところで、自室を確認することにした。まあ二択だし直感で。と片方の扉を開ける。  あ、俺の荷物あったわ。当たり。  腰に差していた二本の刀を適当に壁に立てかけて、片付けに取り掛かる。  もともと荷物が少なかったため、本を備え付けの本棚に並べる。隊服と少ない私服はクローゼットにしまった。  クローゼットに制服が入っていることに気づき、制服のことに一切気が回ってなかったな、と苦笑いをする。どうやら理事長が気を回してくれていたようだ。あの柔和な笑みを浮かべる理事長に感謝の念を飛ばす。  本当にここで一年生活するのか。かなり急な話で三番隊の奴等に何も言わずに出てきてしまったし、なにより俺は自警団の寮以外で生活したことがなかった。  もっと言ってしまえば、軍関係以外で人と関係を持つこともなかった。少しばかり不安が残るが、これは任務である。必ず遂行しなければならない。『俺は隊長俺は隊長』と自分に暗示をかける。  なによりあの「俺に会いたい」と言った第三師団団長、セツカ・オウシュウの考えが全く見当がつかない。そこも早急にハッキリさせたいところではあるが、お目付役というくらいならすぐにわかるはずと見当をつける。  ソイツの特徴とかクラスとか聞くことを忘れていたことに気付き、自分が今回の任務のせいでかなり動揺していたことに気が付いた。  練習試合まであと、二時間程。そっと、立てかけた刀を撫でる。練習試合とは言え、人間にこの刀を向けるのだ。身体に微かな緊張が走る。  観衆の前で行う練習試合なんて嫌だが、トーカには負けたら犯すぞと脅されている。あの人は有言実行する男だ。犯されるのも嫌だし、正直人前で戦うのも嫌だ。  いつもなら「やだやだスイッチ」を治めてくれるセイも近くにいない。  こうも環境が変わると人はナイーブな気分になってしまうのか。いつもならばうるさいほどに考える暇も与えてくれない連中に囲まれているため、普段考えないことまで考えてしまう。  俺は、なんのために武器を握るのか。人間に刀を向けるのか。それは答えがとうにでている。生きる為だ。  では、なんのために、俺は、生きるのか。  これは俺が幾度となく考えていることだが、未だに答えは出ていない。この世界に神様がいるのなら、神様は何故、教えてくれないのか。そうすれば、こんなに悩まなくて済むのに。  なんてね、 ***  これから運動をするのだから、まず腹ごしらえをしようと思い立ちベッドから立ち上がる。まだ見ぬ同室者には申し訳ないが冷蔵庫を漁らせてもらおう。  自室の扉を開き共同スペースにでた瞬間に、頭の中に「やっちまった」という言葉が浮かぶ。  丁度帰ってきたのか同室者らしき人物と鉢合わせてしまったのだ。同室者らしき人物は俺を凝視して、お互い身動きがとれない。  しばし見つめ合い、自分が隊服のままであることに気がついた。 「な、なんで軍の方が……?」 彼の目には、不安の色が浮かんでいる。彼は、茶髪の色素の薄い目が警戒を含んでこちらを見ていた。 「……急で驚いてるとは思うんだけど、まず、怪しいものじゃないから」 自分で言っていて怪しさ満載すぎるがしょうがない。素直に全て話した方が、同室者に隠し事をしなくて済むし、この先楽だろう 。  特に国王や理事長からも口止めされてないし、と屁理屈を述べていく。 「今時間ある?ちょっと色々君に説明したいことがあるんだ」 「はい」 真面目そうな彼は、動揺しながらも俺の従ってソファに座った。元々彼の部屋だというのに段々と申し訳ない気持ちになってくる。 「あ、敬語じゃなくていい。多分同い年」 「は、はあ…」 実に気まずいが、二人で机を挟むようにしてソファに座っているため相手の緊張が切に伝わってくる。なんとか場を和ませるためにタメ口で良いなんて言ったけれど、相手からしたら「アンタ誰」状態なわけだし何言ってんだ、と自分にツッコミを入れる。 「まず、自己紹介からね。俺はシキ・シノノメ。第七師団三番隊隊長をしている。今回は急に申し訳ない。俺も昨日言われたばかりで結構びっくりしてるんだけどね…」 ハハハ…と自分の乾いた声が部屋に響く。 「第七師団三番隊って神出鬼没で名だたる麻薬密売組織や、国際犯罪組織を次々と根絶やしにしている噂の…?」 恐る恐るといった風に話す彼に、頷いてみせた。民間人にはそういう風に噂になっているのか、と思うと自分はとんでもないところにいるのだと再確認させられる。 「しかも、その隊長の噂は筋肉累々とか、冷血漢とか、血も涙もない鬼とか、巨大な熊を一撃とかありますけど」 敬語なしね、とツッコミつつ、彼が言い出した俺のイメージについ笑ってしまう。 「まあ、噂だからね。気になったけど、そんなにウチって噂になってるんだ?第一師団の方が花形だよ?」 「いやいや!その正体不明!そのくせ活躍する頻度が高い隊の方がみんな気になるに決まってるよ!」 突然身を乗り出して熱く語り始めた彼に思わず身を引いてしまった。自分たちが思っているよりも、民間に周知されているのに驚きが隠せない。俺達ダガーはきっと「都市伝説」のような存在なのだろう。 「まあ、ウチの噂はどうでもいいんだ。まず君の名前を聞いても?」 「あぁ、ごめん。俺はシノ・エレクアント。実は第七師団の三番隊には以前から興味を持っていてね、ファンなんだ!何度も隊のシステムにハッキングしてるんだけど、全然ダメだっ……あ、」 聞き逃せない言葉を耳にし、思わず「ほう…?」と低い声がでる。 「…ウチの隊にハッキング?いい趣味してるね。」 「い、いや、2回だけ!!さ、3回だったかな……?」 真面目そうな癖に、結構やんちゃなヤツらしい。俺は睨みつけるのをやめて、笑ってみせた。 「…ふ、まあいいよ。ウチには優秀なシステム担当がいるからね。」 ちなみに、そのシステム担当とは、副隊長のセイウンのことである。  そういえばこの前随分手のかかるハッカーがいるとぼやいていた気がするが、コイツのことだろうか。 「まあ、俺がここにいる間は治外法権だと思ってもらっていいけど、もう二度とするなよ」 首を縦に思い切り振ったシノに、また笑ってしまった。俺は運が良いのかもしれない。きっと、コイツは良い奴だ。 「俺はこれから一年任務のために、自分の身分を隠してここに転入する。今は五月だから、微妙だけど、遅めの新入生って感じかな。まあ今日これから第七師団三番隊隊長として練習試合に参加するんだけど、俺地味だしなんとか隠せると思ってるんだけど、「ちょ、ちょっと待って!!」」 時間もあまり無いため、早口でザッと説明を試みるがシノに止められる。 「…なに?」と不機嫌そうにシノを見ると、眉を下げたシノが両方の掌をこちらに向けていた。 「そんな大事なこと、俺に言ってよかったの!?俺が周りに言いふらしたりすると思わないの!?」 「言いふらすの?」 「しないけど!」 「まあ、言いふらそうとしたら君の首が飛ぶかもね」 これは嘘である。「ひえ…」と変な声を出したシノに思わず吹き出すと、睨まれた。 「……シキって変人とか言われたりしない?」 「…失礼なヤツだな」 まあ、言われるけど。だが、実際コイツは本当に言いふらしたりしないだろう。  コイツのハッキングの能力がどれくらいあるのか知らないが、ウチの副を手こずらせるくらいだ。こっちの浅い情報くらい仕入れてるはず。  そう仮定すると、今回のことが万が一漏れた場合のことを考えると確実に黙っていた方がコイツにとって利益となるのは必然だろう。 「それで、任務とか詳しいことはなにも聞かずに、俺にある程度の協力をしてほしいってこと?」 「別に協力してもらうことも特に今のところないと思うし、まあ絶対とは言い切れないんだけど」 「けど?」と聞き返すシノに俺はわざと意地悪そうに笑ってやる。 「俺と友達になってほしいかな。」 「友達?」 「そ。俺さー、友達っていないんだよねえ。」 そうなんです。お恥ずかしながら友達、いないんです。  どっちかと言うと、セイは相棒だし。俺を兄貴のように慕ってくれる奴も居るけど、大体の奴らは、襲いかかってくる。毎日。別に殺す気があるとかそう言うことじゃないけど。  それがあいつらの愛情表現なのか?やだわ。そんな愛情表現。毎回殺されそうなんですけど。  シノの様子を見ると、意表を突かれた、という顔をした後に、なにか、堪らないとでも言うように微笑んだ。 「いいよ。俺も友達少ないし。」 「えっ、お前友達多そうなのにな。」 「うーん、この学校ってちょっと不思議でさ」 「ふうん?」 意外だ、という風に反応するとシノは少し考えて口を開いた。 「うーん、なんていうか、ここ男子校じゃん?だからかわかんないけど、男の性的対象?恋愛対象?が、男も範疇内っていうか。それが当たり前っていうか。」 「 …うん?」 「それで、特に成績上位者とか、顔がいいヤツとか人気があって、俺は成績上位者だからかあんまり話しかけてくれないんだよねえ。」 要するに、ゲイやバイがたくさんいるよ、ということだろうか。多分コイツの場合、成績うんぬんではなく、顔がイケメンだからだとは思うが。 「へえ、成績いいんだ?」 「まあね」 否定もせずに、サラッと言ってのけたシノに俺は好感を持つ。やっぱりコイツ、良い奴だ。 「じゃあ、…『全校生徒に告ぐ。全ての業務、部活動の活動をやめ講堂に集まりなさい。練習試合を行う。繰り返す…』」  ここで、廊下の方で放送が鳴り練習試合の開始のアナウンスがされてしまった。結局腹ごしらえができなかったことに気が付いて、肩を落とす。 「あ、シキがさっき言ってたのってこれ?」 「そう、これ。」 「じゃあ講堂に案内するよ。」 そう言ってくれたシノに感謝を述べ、寝室に置いた刀を差してシノに続いて部屋をでる。 お腹が大きな音で鳴ったのを必死に無視をして、俺は講堂へと向かった。

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