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10cmのピンヒールってかわいいけど、履きたくない
キラキラと光るシャンデリアに、人が蠢くパーティー会場。テーブルにはラタトゥイユや、ペンネに似たパスタのようなもの。オーブンで焼かれたチキンは豚のように大きかった。その他にもたくさんの料理が並んでいる。
このパーティーはオウシュウ家に次ぐ権力を所持するメレフ家主催で、たくさんの人間が集まっていた。
「これはこれは、エレクアント氏ではありませんか!」
そう声を掛けてきたのは高そうなスーツに身を包んだでっぷりとした男。お酒をかなり飲んでいるようでもうすでに出来上がっているようだ。
「あぁ、お久しぶりです」
声を掛けられた男は、胡散臭そうな笑みではなく、にっこりと微笑んだ。
「お隣の美しい女性は、もしや君の奥さんかい?」
男の隣には、青く細いドレスに身を包んだ黒髪の女性が相手に向け控え目に微笑んだ。笑いかけられた男はもともと赤かった顔をさらに赤くさせると興奮した様子で、女性の方に身を乗り出す。近くで見るとまつげが長く白くきめ細かい肌がよくわかる。
「もしよろしければ、私とこの後…」
「すみませんが、妻は人見知りでして、」
彼女の夫を名乗る男は、彼女を隠すように前に立ちその高い身長で男を威圧する。
「っ、わ、私はこれで、失礼するよ」
そそくさと逃げていった男を男越しに睨みつけた女性はひとつ深いため息をする。…最近ため息が癖のようになっていてよろしくない。そう思うとまた再び深いため息をついてしまうのだった。
***
黒髪の長いウィッグは顔を上げるときに重いし、邪魔だし。
唇には真っ赤なグロスを塗られ、ぬぱぬぱして気持ち悪い。
ニイロさんが作ってくれたチョーカー型の変声機は首回りが気になるし、これもまたニイロさん作のイヤリング型の無線機が俺の頭をますます重くしている。
低めのヒールは俺の足首を軋ませ、こんなんじゃ戦闘もできない。
スカートは長めのものにしてもらったが、それでもスースーする為に、短めのハーフパンツを履かせてもらった。
「…アンタ、ホント化粧映えするわね…」
俺の元師匠は、俺の顔をまじまじと見つめると満足そうににっこりと笑った。
「平凡顔の癖に、まつげ長いし肌も白いしね。目も髪もこの国じゃ珍しいから目立つかもね」
露骨に不服そうな顔をすると師匠は呆れを含めた目で笑われてしまった。
「シキ、アンタなんであの暴君にちゃんと任務の内容を聞いてから頷かないのよ、そういうところ早く直しなさいと何度言ったらわかるの」
この人の小言は長いし正論ばかりで耳が痛い。
「…マトーさん、そういう割には意気揚々と協力してくれるじゃないですか」
少しばかりの恨みを込めた声でそう言うと、マトーさんはそんなことは気にもせず更にアクセサリーを選び始めた。
「はあ…」俺は深い深いため息をついて、そうしてこんなことをせねばならぬのだ…と虚空を見つめる。
「それで?今回の任務は上からのお達しなんでしょう?」
「…なんで知ってるんですか…」
声を張る元気もなく、相も変わらずこの人の情報収集能力は怖い。
「何言ってんのよ、これでも第一の団長よ」
ははは…そんなことはもう了解してますよ…と、彼女から目を逸らす。俺が聞きたいのは何故俺なんか今でも目にかけてくれんのか、ってことなんだけどな
「貴族の護衛なんて大仕事、アンタを指名してくるなんて。上もいい目をしてるわね」
私の弟子なんだから、当たり前だけど。と言いたそうな師匠に苦笑いを返す。正確に言うと、指名したのは上ではなく護衛されるその貴族だろうけど、まったく面倒なことを押し付けただけだろう。実際に潜入するのは俺だけではなく、三番隊全体で今回の任務は動く。
何故俺だけが女装をするかと言うと、護衛対象のすぐそばにいなければならないからである。男の隣に男がずっといるのは明らかにおかしいだろうし、女性ならば特に気にすることもなく護衛できる。
今回の任務の内容は、パーティーに参加するとある貴族の護衛だ。
まあ、ここまで言えば大体の方は察することができると思うが、この前シノの別荘であった、シノの父親。エレクアント氏の護衛が今回の目的。
それにしても、女装なんて…もう逃れようもないことではあるが、後悔の念だけが募る。
俺はまた、「はぁ…」と深いため息をついた。
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