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再会
早朝に帰ると、すでにシノが起きていて朝飯を作っていた。
「あ、シキ帰ってきたんだ」
その優しいスープの匂いに安堵する。
おかえり、と言って食卓に飯を並べ始めるシノはもうすでに制服に着替えていた。いつもは、飯を食べてから着替えているのに珍しいな、なんて思う。
「ただいま、飯ありがとう」
「おー」
そのまま俺も食卓につき、いただきますと両手を合わせた。朝の静かな空間に食器が軽くぶつかる音が響く。
あれ
「…シノ、起きるの早いね」
「今日は早く起きちゃってさ」
もしかして、俺が夜中に出て行ったのに気が付いていた…?それで早起きして待っていていてくれたのかもしれない。
…そういうことか。俺はいつもの『朝の支度の順番』が違う理由に気付いて、たまらなく嬉しくなった。
「ありがとうな」
「なにがだよ」
米が美味い。一日の活力が湧いてくる気がする。
「父さんが面倒掛けたな」
「…いや、俺は何もできてないよ」
「父さんがこの前珍しく機嫌良く帰ってきたんだ。そしたら『今度母さんの墓参り行くか』だってよ。行くなら一人で行きますって答えたけど、そしたら『そうか』って…。あの人が俺たちを省みるなんて初めてのことだった…」
「いや、その件に関しては本当になにも言ってねえぞ…」
「これは俺の勝手な意見なんだけどさ…
シキに出会ったことで、俺自身のことを振り返ることが増えたんだよ。でも、それはお前に言われたからとかじゃなくて、お前の隣にいるためにどうしらいいか、無意識に考えちゃうんだよな」
「それは光栄だな」
「茶化すなよ。真面目に言ってんだ。お前のおかげで、俺はちょっと成長できた気がするんだよ…まあ、本当まだまだなんだけどな」
そう言って苦笑いしたシノに、目の辺りが熱くなった。ぐ、と力を入れてなんとか泣くのを堪える。
…友達にこんなことを言われて嬉しくない訳がないのだ。
「…チーム戦、頑張ろうな」
爽やかな笑みを浮かべて、そう言ったシノに俺は不敵に笑い返してやる。
「本番までは死ぬ気で頑張るぞ」
***
既視感が溢れるこの空間に、またアレに会えるのかと少し心が浮上した。
「アレ、なんて酷いなあ」
「神さま…」
「ぼくのこと、神さまって呼んでくれるんだ?」
「えっ、じゃあなんて呼べばいいんですか」
今度はアオの小さい時の姿ではなく、レイの姿をしている。その健康的な色をしている肌に思わず生きている人間のように思えた。
「ぼくは実態を持たないからね、君の前に姿を表すには誰かのイメージを借りなくてはならないんだ。」
「それでその恰好なんですか?」
「イメージだからね」
さいですか…いや、別にそれはいいんだけどね?
「それで、今日はどうしたんですか?え、まさか俺今死にそうなんですか?」
「いや…別にそういう訳じゃないんだけど、神さまだって息抜きがしたいんだよ」
そんな暇人みたいな理由なのかよ…思わずジト目になってしまい、自称神さまはちょっと眉を顰めた。
「暇人じゃないよ!それに自称じゃないもん!」
「あ、すみません…」
どうもノリの軽い神さまのせいでこちらもつい失礼なことを言いがちになる。
「僕は優しいからね!怒んないけど!」
「あ、ありがとうございます…?」
ショタ神さまがフッフーンと鼻を高くする。おお…?かわいいじゃねえか…
「僕が君とまたしても会うことになった理由だけど」
「あ、はい…神は人間に干渉しない、ですよね…?」
「そう、その世界の理に反してまで夢という形で君と会ってるわけだけど、それほどまでにのっぴきらない事情があるわけだ。」
「…はあ」
はあって君ね、とまたしてもプンスカ怒り始める神さまに、こちらは肩を竦めるしかない。
いや…身に覚えがないのだから俺に反応を求めないでほしい。
「背中の呪詛が身体を蝕み始めているよ」
背中の呪詛…?
「もしかして、まだ気がついていないのかい?」
目の前に突然鏡が現れ、その綺麗な装飾に目が奪われた。
これは全てを見通す鏡。あらゆる秘密が暴かれる。そう言った神の言葉が木霊する。鏡に現れた背中の禍々しいオーラに思わず足を引いた。
どう逃げようが、自分の身についた呪詛(もの)なのだから関係ないのだけれど。
「それはいずれ身を滅ぼす原因になる。」
「あの時俺を助けてくれたんじゃなかったんですか」
子供じみた顔立ちなくせに、表情ばかりは「子供らしい」とは言えない。その憂いと同情を帯びた眼差しに、責めるような言葉を続けることはできなかった。
「僕はこの世界に干渉することはできない。あの時君を助ける事ができたのは、事が事だったから…ここから先は君が自分で抗わなくてはならない、世界に。」
この弱い俺が世界に抗えるわけがないというのに、何を言っているんだ。
「安心しなさい、ヒントは意外と身近なところにあるものだ」
「ヒント…」
「大丈夫、君が終焉を迎えるまで僕はずっと見守っているよ」
縁起のないことを言うんじゃない…そう思うもののやはり神からのその言葉は心強いものだった。こんな俺でも、まだ生きたいのだ。生きたいと叫んでもいいだろうか。
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