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幸福論と降伏論

実りある田畑、青々とした山の脈が空に波打ち美しい。 貧しいながらも、互いに手を貸し合い生きている。子供たちは広い庭を駆け回り、それを眺めて大人も微笑む。 皆一様に頬に泥をつけ、それでも笑っていた。 ゆったりとした時間の流れ、これが幸せというものだろうか。 人間が人間の幸せを作り、幸せが人間を作る。 それを壊すのもまた、人間だった。 野原は焼け焦げ、空は赤く染まっている。 どこからか、子供の泣き声が聞こえてくる。大人は耳を塞ぎ、逃げ惑う。子供は足を引きずり逃げていく。 皆一様に身体中を汚し、哭き叫んでいる。 死の匂いが漂っている。 四季は死に、ただ貧しい国に成り下がった。東の美しさは滅んだ。 全て、人間の醜さが招いた。 世界平和?この国は死に行くのに…?あれだけ笑いあった仲間の肉を食らい、物を奪い、子供を殺す。それが、この国の「普通」になってしまったのに…? 戦争が終わり、どれだけ歴史が忘れても己だけは忘れない。 我が国に、美しさが芽吹いてもそれは人間の死体の上に成り立つものだ。 忘れてなんか、やらないのだ。 * 「三番隊、準備は整ったか」 一番隊隊長のツヅラさんの声がかかる。閉じていた瞼を上げると、そこには第七師団のメンバーが集まっている。一番隊、二番隊、三番隊と揃うのはなかなかない。新年会ですら、面倒臭いといって来ないメンバーもいるし(俺は強制的に連れられた)、こうして揃うのは頼もしいの一言だ。 俺達第七師団三番隊(ダガー)の存在は、他の師団には秘密にされてはいたがこのメンバーには周知されていた。 それぞれの師団で、一番隊は自警団創設当初のメンバーで構成され、二番隊は比較的新しく入団した者が配属される。と言っても、俺達ダガーにとっては先輩には変わりなく、なにより温かく迎え入れてくれたことをよく覚えている。 「これ終わったら、トーカ団長の奢りで飯だなー」 ツヅラさんが笑うと少し空気が緩む。 トーカは一度王都まで出撃許可を取りに行った。帰ってきた時にどうだったか聞いたら「知らん」と返事が返ってきたけれど、なんとか俺達が剣を抜けるようだ。 こちらが出向いてあちらの領土で戦いを始めるなんて、後々問題が生じてくることは重々承知していた。それでも、俺達はいや俺は行かなければならない。 この身に背負った呪いだっていつ俺を殺しにくるかわからないのだ。 それに、アオやレイのことだってある。あいつらのためにも早くこの問題を解決してやりたい。 国の目が行き届いていた軍事学校にすら、奴等は姿を表したのだ。敵も相当焦っているのだ、とトーカは踏んだらしい。あちらが本腰を入れてもう一度こちらを襲ってくる前にこちらが奇襲してやろうという算段だ。 シビュラから東倭国に行くためには、途中まで大きな船で向かい、小舟で近づいていく。 東倭国まであともう少し。目の前に見える岸辺は錆びた船が並んでいた。

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