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任務完了

 シキを追いかけて辿り着いた先は、薔薇園だった。それも趣味の悪い、黒薔薇。茎の部分には触っただけで肉を切り裂いてしまいそうなほど、棘が光っている。 「おいてめえ…そのチビを離せ」  トーカがドスの効いた声で威嚇をしてみせた相手は、美しい男だった。その艶やかな黒髪と、丸く綺麗な黒目はシキによく似ている、とセイウンは思った。長い髪を後ろで緩く結び、シキを抱きしめこちらを見つめる姿は何故か触れてはいけないような気がする。 「随分ゆったりと来はったねえ、すっかり私の黒は眠ってしまったわ」  男はシキを『私の黒』と読んでいるのか、自分の腕の中で眠るシキを愛おしそうに覗き込む。ここにいるということはつまり、この国の王「猩々緋」とはこの男である。 「そのお前の胡散臭い喋り方がムカつくんだよ、さっさとそのチビ返せ」 「返せ…?この子は物やないで?それに、この子がここで眠っとるんやからこの子の自由やないか」  そう言って猫目を三日月に歪めると、その場を囲む黒薔薇達が殺気を放つ。  なんだ、この空間…あまりに異常な空気にセイウンたちは一歩引いてしまった。 「あ?そいつの意思とかどうでもいいんだよ。そいつは俺のモンだ、テメェを早いとことっ捕まえて説教しなきゃいけねえんだよ」 「そりゃ、かわいそうやわあ。なら、なおさら夢の世界にいてもらなあかんなあ… …『お兄ちゃん』」  トーカは「あ”?」と濁点までつけて猩々緋を睨みつけ、今にも飛び掛かりそうだ。  しかし、手中にシキがいる時点でこちらは不利だ。人質が意識のない状態でいるのだから、下手に動くことができない。そうこうしていると、二番隊のあとからさらに一番隊の隊長であるツヅラもその場に到着した。 「トーカ団長!」 少し急いた様子でツヅラがトーカの元に寄っていく。 「メレフの野郎はとっ捕まえたが、例の『繭』、結構やばいヤツでしたよ」  猩々緋の口角が上がったのは気のせいだろうか。  トーカはそれよりも一刻も早く目の前の男は倒したい、といった様子だったがツヅラのその切羽詰まった様子にツヅラに耳を貸す。 「フォレストが見つけ出した『蟲毒』を応用してメレフが変なモンを作ってました。どうやら、『繭』の中の人間が見る「夢」を活用して羅紗を生成していたらしい」 ニイロが調べ上げた『繭』の情報を、ツヅラが告げる。トーカはなにも言わずに、右眉を上げた。 「ふっ、「夢」ねえ。そんなかわいいもんやないで、あれは」  話に割り込んできたのは、他でもない元凶である猩々緋であった。 「あれは人間の『祈り』や。しかしあまりに強すぎる祈りは『呪い』にもなる」 「じゃあなんだ、てめえはそれを利用してどうするつもりだったんだ」 トーカがそう聞く。猩々緋は心底楽しそうに口元を歪め、シキの柔らかそうな黒髪を撫でた。 「いやあ、別に?なんや、楽しそうなモンができればええなって思っただけや。それも、丁度ええ餌もあったしな」 悪趣味だな、なんてトーカが呟く。餌とはつまり、第二師団団長のことだろう。 「私はこの国がこれ以上、人間に蹂躙されていくんを見たくないだけや」  そう言って誰もがうっとりするような笑みを浮かべた猩々緋の身体が、たくさんの糸のような物で包まれていく。無論、シキの身体も共に包まれていった。 「…!トーカ団長、まずい!アイツ、シキと一緒に自分が『母胎』になるつもりだ!」  ツヅラの叫びに弾かれたように、トーカが走り出す。 「…もう遅いで」  トーカがシキに手を伸ばしたころにはほとんど糸に包まれている。色のないシキの顔が皮肉にもゆっくりと覆われていく。トーカが糸を掻きむしるように、手を突っ込むも糸の勢いは止まらない。 「団長!離れてください!アンタまで糸に呑まれちまう!」  他の隊員の制止を振り切って、トーカは糸たちを搔き分けてシキを救出しようとする。もうすでに猩々緋の姿は見えず、シキの姿もほとんど見えなくなっていた。  大きな『繭』と化したそれを持ち上げ、普段の輝きを失った目で他の隊員らに「帰んぞ」と一言だけ発した。  皮肉にも第七師団は、東倭国国王を捕えることに成功したのだった。

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