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誰も俺を知らない

 痛む頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がる。 「ここは…どこだ」 シキは己を包む布団をどかし、ベッドから起き上がる。自分が自警団寮の自室にいるということと、自分が隊服を着ていることがわかった。自分が先程までなにをしていたのか、思い出せない。  周りを見回すとそこには自身の愛刀は無く、平隊員の持つ剣があった。自室から外へと出ると、すれ違う隊員たちの目が痛い。王都の一番近くにある自警団の寮には、第七師団だけではなく、第三、第四、第六師団もいる。今まで他の師団の隊員らと話す機会はほとんどなかったが、自分がこんな視線をもらうことはあっただろうか。  演習場の方へと歩いていくと、そこには第三師団副団長のアルグレーノ・オルガがいたシキは違和感のあるこの状況の中で、知人がいたことに嬉しくなり、長い髪を靡かせる彼に駆け寄っていく。 「アンさん…!」  しかし、シキが話しかけ返ってきた言葉は想像していたものとはかけ離れていた。 「…君、誰ですか?」 「は、」 「どうやら第七師団の隊員のようですね、平の隊員が私に話しかけないでください」 彼はそう言って去って行ってしまった。  最初こそプライドの高い彼には冷たい対応ばかりされていたが、最近では会うとあの綺麗な顔を表情こそは変えないものの、オーラで喜んでくれていたのに。  俺を知らない…?  シキはその場で立ちすくむ。しかし、そこに立ったままでいると視線がすごいので、移動することにする。  演習場の端の方で丸まっていると、入口付近に見知った顔がチラホラ見えた。立ち上がり、彼らに話しかける。 「セイ…!」 振り返ったセイは、困ったような表情をしている。 「…えっと、君はシキだっけ…?俺らと同じ師団の…」  待て、これは一体どういうことだ。例えるならば、同じクラスだが一回も話したことのないクラスメイトに対する態度だ。シキは、なんとか言葉を続ける。 「そ、そう。えっと…いま、なにしてんの…」 出鼻を挫かれ、聞きたかったことも口にすることができず語尾がどんどん沈んでいく。セイは優しいヤツだから、知らない俺に対して困ったような表情をするだけだが、周りの奴等は目尻を釣り上げ、早くどっか行けというオーラがビシビシ伝わってくる。 「いや…これから俺達は第三師団の人たちと演習だけど…君もそうじゃないの…?」  シキはゆっくりと首を横に振る。もうどうしたらいいかわからなかった。  いつもならその大きな手で自分の頭を撫でまわして「しょうがねえ隊長だなあ」なんて笑ってくれるセイがいない。  ドッキリかなにかだと言ってくれ。シキはそう願う。 「…三番隊のみんなは?」  やっとの質問を口にする。セイならば知っているだろう、と震える口を抑えながらそう聞いた。  しかし、セイの口から返ってきたものは絶対に聞きたくなかったもので、信じたくない言葉だった。 「三番隊…?いや、第七師団に三番隊なんてないけど。ほかの師団だって、あるのは二番隊までだろ?」 「…」 絶句した。  セイの言葉になにも返さず、そこから動こうともしないシキに痺れを切らし、セイの側にいた隊員たちがセイに声を掛けた。 「おい、セイ。その異世界人とあんま話すなよ、仲いいって思われるだろ」 「……ごめんな、俺達、演習あるから先行くわ」  眉を八の字にして、申し訳なさそうに去っていくセイの背中を見つめる。ダガーがない…?いったいどういうことだ。トーカが作った俺の居場所。俺が守ると決めた自分の居場所。  セイのよそよそしい態度も、相当堪えた。 「……どうしよう」  嫌な視線から逃れるように、シキはその場から離れた。

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