93 / 127

愛すべき眠り

 シビュラが世界平和を祈り、国同士での戦争を終結させてから約三年と少しが経った。  そして今回、シビュラ自警団第七師団によって東倭国国王猩々緋が捕えられ、王族に対して攻撃的であったメレフ家当主ザック・メレフもまたお縄についた。  しかしその事実は伏せられた。実際に周辺国に知らされたのは国王不在によって東倭国の国内状況が悪化し、東倭国はシビュラの支援を受けるというものだった。オウシュウ家は見事に真実を隠し、東倭国国民の貧しさの解消に努め、元の豊かな景色を取り戻すことを誓った。  猩々緋の部下であり、シビュラ軍事学校にスパイをしていたハスの死亡が確認された。他の側近からの証言で、猩々緋が目指していた「自国の繁栄」は皮肉にもシビュラが叶えた形となった。しかし猩々緋がなぜ『蟲毒』に手を出したのか、メレフを使って『羅紗』の生成を試みたのか、その真意は猩々緋にしかわからないのである。  猩々緋はまだ目を覚ましておらず、『本当の目的』をまだ知ることは叶わない。  第七師団三番隊隊長、シキも同様に。  あの時、トーカが手を伸ばしたもののその手がシキに届くことは無かった。繭と化したものをシビュラに持ち帰り、糸を解くことに成功した。しかし二人とも目を覚ますことはなく、猩々緋とシキは異なる病院に運ばれた。あれから一週間が経った今、彼らは目を覚まさない。 「トーカ団長」 名前を呼ばれ、目だけでそちらを見る。ツヅラが入口に立っていた。  シキの病室は、自警団の特権で豪華な一人部屋だ。トーカは目を覚まさないシキのベッドの横に腰をかけ、静かに彼の顔を眺めた。トーカの視線で、入室許可を得たツヅラは病室の扉を閉めトーカと2m程離れたところまで歩いていく。 「ソラ団長が目を覚ましました」 その言葉にトーカからの反応は無い。ツヅラは続ける。 「どうやら第二師団の寮で一人でいたところを狙われたようで…あの西の山奥に位置する第二師団の寮を狙われるとは思いませんでしたが… 検査をしたところ、身体に異常は特にないようで、本当に彼は眠っていただけのようです」 話を聞く気はあるようだが、やはり反応は無い。長年の上司なのだから無反応も想定ないだ。 「…シキは、きっと夢を見ているのでしょう」  静まり返った病室に、ツヅラの言葉が吸い込まれていく。トーカの綺麗な顔に疲れが浮かんでいることが伺えた。ツヅラはこの人も人間だったのだ、と失礼なことを考える。  実際、メレフを捕まえられず今回のことが上手く収束しなかった時、責任は全てトーカにかかっていたのだ。トーカ団長がこうしてシキの近くにいれるのも奇跡に近いのだ、とツヅラは思う。やはり、この人も気を張っていたのだろう。ツヅラは上司に対して考えを改めることにした。 「…寝坊助だな、こンのアホ。早く起きねえと俺が叩き起こす」  そう言ってシキの手を握る上司を見て、ツヅラは胸が詰まる思いだ。この鬼畜暴君上司が、シキに対して過保護だというのはわかっていたが、実際に目の前にして見るとシキも偉くやばい奴に目をつけられたな、とシキに同情する。  この時はまだ、ツヅラはトーカが本当にシキを叩き起こすための行動にでていることを知らなかった。  しかし、トーカはやると言ったら必ずやる男である。  第七師団に在籍する限り、忘れてはならないのはトーカは有言実行するということだ。 「…シキも疲れていると思うんで、なるべく優しく起こしてあげてくださいね」  その忘れてはならないことを、現在進行形で忘れていたツヅラは、後にシキに謝ることになる。まさか、トーカがあんな強硬手段にでるなんて思わなかったのである。

ともだちにシェアしよう!