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地獄の酸素
「いってェ~…ンなもん落としてくんなよな…頭に当たったら死ぬぞ…」
今日は普通に歩いてたら花瓶が落ちてきた。気付くのが遅くなり、なんとか避けたが割れた破片で怪我をした。今までだったら、こんなことで怪我なんてしなかったのに。
どういう原理かはわからないが、俺とともに第七師団三番隊の存在が無くなってしまったから、俺はどんくさい程に戦えなくなってしまった。軍事学校にいって色んな奴に話しかけても、自警団の奴等に話しかけても、「お前に話しかけられたくない」の一点張り。
精神的ショックのせいで今まで培ってきた反射神経も、バネも上手く機能していないだけなのかもしれないと思っていたがどうやら違うらしい。
言うことを聞いてくれる筋肉がいない。思い通りになる身体が出来上がってないのだ。気配に鋭かったのも、さっぱりだ。
やはり、あれは異世界に来た時に生じたバグのようなものだったのだろうか。前の世界に俺は元々運動部にいたわけでもない。自分の力だと過信してしまったツケが回ってきたのだろうか。
彼らが、俺を嫌う理由はどうやら、「異世界人である」からだという。優しいセイウンはしつこい俺に教えてくれた。他の奴等は、無視するか、暴力を振るうか。
暴力を振られても、抵抗する術もなくて俺を殴る仲間の顔をじっと見つめた。コイツ、人を殴る時こんな顔するんだなって、なかなか拝めない光景だ。
じっと見つめていると、なに見てんだって顔面を蹴られる。脳が揺れた。
いつ俺が異世界人であることがバレてしまったのかはわからないが、やはり今まで異世界人だということを黙っていて正解だったのかもしれない。一時と言えど、幸せだったのかもしれない、そう思うことができた。
俺様鬼畜だけど、俺にとってのヒーローの元で働くことができた。
信頼のおける仲間たちと、馬鹿ができた。
こんな俺が、学校にいって友人ができた。
彼らにとっては黒歴史、いや無かったことになっているのか。それでも、俺はずっと忘れないだろう。
前の世界にずっといたままだったら、何故自分が生きているのかだとか、そんなくだらない事ばかり悩んで、目の前にあるものを全て不幸のフィルターを通して見てしまっていたっだろうな、と思う。自分が可哀想だと自分を見下して、周りを羨ましがって、努力もしないで、愚痴ばかり零す人間になっていた。
「シキ君。今日も酷い怪我やね…こっちに座り」
先ほど顔面を蹴られた時に、目が見えなくなってしまったらしい。なんとかして保健室に辿り着く。
異世界人であるのにも関わらず、俺にこうして治療をしてくれるこの人は、本当に優しい人だと思う。毎日毎日傷を増やしてこの部屋にやってくる俺を心配してくれるのだから。
「先生」
「…もしかして、目が見えないんか?」
気配が近づいてきて、俺は一瞬身を竦めるがすぐに先生だとわかって力を抜く。その様子を見て、可哀想だと思ったのか先生が溜息をついた気がした。
手を引かれて、素直についていく。「ここ、座って」と言われ、腰を降ろすと柔らかさからして、ベッドの上に座らされたのだと推測した。
「ちょっと痛いけど、我慢しい」
消毒液の匂いと、ヒリッとする感覚。自分の弱さを再確認させられているような気分だ。
「…目ぇ、見えへんなら病院行き。先生が紹介するから」
「ありがとうございます」
先生の気配が目の前にあるような気がする。近い。そのまま、唇にふわりと温かいものが触れた。わかっていたのに、避けなかったのはなんでだろう。自分が自分じゃなくなったような気がする。これも全て、目が見えなくなったせいなのだろうか。
「……じゃあ、俺行きますので」
「ん、もう怪我したらあかんで」
見えないというのに、必死に虚勢を張って保健室から出る。鈍くなった感覚を研ぎ澄まして、なんとか寮部屋へと戻った。帰ってきたが、シノはいなかった。
どうやら、シノはノアやクロの部屋で過ごしているらしい。一人になってしまっては、広すぎる自室に寒さを覚える。
先生が巻いてくれた包帯の上から目を触る。別に血が流れている訳じゃないのだから、意味は無い気がするけれど。
いつの間にか無くなってしまった二本の愛刀すらない自分は、非力だ。
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