114 / 127
居酒屋バイトはカオス
弟である焦からバスタオルを受け取った。焦はすぐに背を向けて、リビングへと入っていく。俺はその背を追うように部屋へと入る。そのまま洗面所へと直行し、服を脱ぐ。洗濯籠に服を入れ、風呂に入る。
浴槽とともに、自分の身体も洗っていく。シャワーを浴びると、身体がどんどん温まっていくのがわかる。お湯に浸かるのは、母さんと妹くらいだ。
「あれ、子規。帰ってたの」
「母さん、おかえり」
リビングへと戻ると、母さんが仕事着のままキッチンで水を飲んでいた。久しぶりに母さんと会った気がする。俺がアルバイトで帰る頃には母さんたちはもう寝ているし、朝もすれ違うことが多い。
母さんの顔をこうしてまじまじと見つめると、少しやつれた気がする。俺の学費は自分でなんとかしているとは言え、生活費を入れたくてもバイト代はほとんど学費に消えていくし、焦ももうすぐ大学受験だし、妹の紫苑も高校一年だ。
父さんも母さんも俺達子供にはなにも言わないが、東雲家の経済状況は良いわけではないのだろう。
「今日飯、俺作ろうか」
「明日休みなの。ハンバーグでも作ろうと思って」
「そっか」
仕事着のまま腕を捲り、手を洗い始めた母さんを見て俺はリビングから自分の部屋へと向かう。階段を昇るときに視界の端にちらりと映る和室。
そこには仏壇がある。飾ってある写真は一枚のエコー写真。
ただいま、と心の中でつぶやいて、自分の部屋にさっさと閉じこもった。
*
「兄ちゃん、生ひとつ!」
かしこまりました!と元気よく返事をし、キッチンへと戻っていく。ホール担当の女の子に「あそこのテーブルに生ひとつ」と伝え、自分はキッチンへと戻っていく。
客が帰った席の片付けをした食器類をシンクに雑に入れ、手を洗う。
「東雲ー、お前これやって」
「はい」
先輩い伝票を渡され、そこに書かれている料理を作る準備をしていく。
時計の針はすでに日付を回っているが、店の中は未だ繁盛している。閉店まであと1時間。終電はとっくにないので、大学近くで一人暮らしをしている久我のところに泊まりに行くのが最近当たり前になってきている。
「東雲、今日お前家帰んの?」
作っている最中の料理に視線を向けながら、先輩にそう聞かれた。
先輩は、俺と同じ大学の三年生だ。ゼミにも入っていない俺は先輩と大学構内で会ったことはないが、なんでかは忘れたが、学生証を見せられたときに同じ大学だったことを思い出した。
「あ、いや。友達の家に泊まります」
いわゆるイケメンと呼ばれる類の人種である。
俺がこのバイトに入ったばかりの時から、丁寧に仕事を教えてくれるいい先輩である。
「じゃあ、俺ん家来ないか」
思いがけない言葉にうまく反応できなかった
先輩は優しいが、無口だしシフトで被った時以外あまり話したことがないのである。プライベートの話もあまりしたことがないため、この人に彼女がいるのかも知らない。
「いや…迷惑になるんで」
「お前のその友達にも迷惑がかかるだろう」
久我には迷惑をかけられっぱなしだからこれくらいうるしてもらいたいが、先輩は久我のことを知らないからしょうがない。
「いや、でも…」
「なんだ嫌なのか」
嫌、というか先輩となにを話せと言うのか。気を遣ってしまいそうで、嫌、というか…嫌だ。
だが、ここで断ったら先輩のことが嫌いということになってしまう。
ここで、断りきれない俺の悪いところがでていまう、
「あ…じゃあ、お願いします…」
ともだちにシェアしよう!