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深夜のコンビニに選べるほどのおにぎりはない

 閉店作業が終わり、仕事着から私服へと着替えてるとすでに先輩が俺のことを待っていた。無口の先輩はなにも言わずに歩き出す。つまりは付いてこいという意味だろうか。そういえば、先輩の家がどこにあるのか俺は知らないので、どこまで歩くのかましてや電車に乗る距離なのかもわからない。  大人しく先輩の後ろを付いて歩いているうちに、先輩の家に到着する前に断ろうかという気にもなってくる。この無言が長時間続くのは、俺にとって恐怖だ。俺だって別に多弁というわけではないから、先輩に話題を振ってくれなんておこがましいことは言わないが、基本こちらから話題を振っても、一言返ってきて終話だ。面白い話ができるわけではないけど、どうしても沈黙が気になってしまう俺としては、先輩と密室で無言の数時間を過ごすというのは想像するだけでも恐ろしい。 「先輩、あの…」 意を決して先輩に声を掛けようと、話しかけると先輩は足を止めた。  えっなに、なんで足止めたの。  先輩は振り返ってこちらを向いた。 「腹減ったか?コンビニでも寄ってくか?」 「えっあ、はい…」 『はい』じゃねえだろ俺のバカー!頭の中で、もうひとりの自分が自分をボコボコにしている。  ふたりでコンビニへと入っていくと、奥の方から『っらしゃーせー』という声が聞こえた。先輩がまっすぐお弁当が置いてある場所へと向かうので俺もそれについていく。  この時間に弁当は胃がもたれそうだったため、おにぎりを選んでレジへと向かうと先輩は途中で足を止めて「先レジ行ってくれ」と言った。  俺がレジ前に行くと、防犯カメラで見ていたのか奥から店員が眠そうに歩いていくる。ゆっくりとした動作で商品のバーコードを読み込んでいく店員から目を逸らして、俺はレジ横の揚げ物を見つめた。 「すみません、これも一緒にお願いします」 後ろから先輩がやってきて、俺を横にずらした。すでに財布を準備している先輩に俺は慌てて自分の財布をだした。 「いや、先輩。自分で出しますよ」 「これくらい俺に出させろ」  先輩、無口だけど優しいんだよな…と、礼を言おうとして先輩がレジに置いた商品を見てギョっとした。  『0.01』と書かれたパッケージは明らかにソレだ。コで始まってムで終わるアレだ。  いや、なんで今それ買うの…?  百万歩譲って俺が女の子であれば、これから家でワンチャンということもある。だがそもそも俺が女の子だったとしても付き合っていないのに、男がそういう雰囲気を醸し出したら女の子的には気持ち悪くて帰っちゃうよ…?  心臓が汗掻いているんじゃないかってくらい焦ってしまったが、落ち着け。先輩的には「そういえば家にストックなかったな。明日彼女来るし、今日買っとこ」くらいの勢いかもしれない。  …なーんだ、びっくりさせやがってよー!驚いちまったじゃねえかー!このこのー!と、テンションの高さで勘違いをした自分の恥ずかしさを紛らわしていく。  ふと冷静になってみると、なんて失礼な勘違いをしているんだと恥ずかしくなってきた。声に出して驚かなくて良かった。 「…どうした、東雲。からあげちゃん食べたかったか?」 「あっいえ、大丈夫です…」  ひとつのことが気になってくると、自分の語頭の「あっ」も恥ずかしくなってきた。典型的なコミュ障じゃねえか…。ひとり反省会をしていると、先輩が「ここ」と言って大きなタワーマンションを指指した。  あんな居酒屋でバイトをしている先輩が、都内にあるタワーマンションに一人暮らしをしている…?思わず、口を開けて見上げてしまった。 「東雲、ほら行くぞ」 自分の家だから当たり前なのだけど、慣れたようにマンションの中に入っていく先輩の背を慌てて追いかける。オートロックを抜けたエントランスをとても綺麗だ。  一介の大学生がこんなところに一人暮らしって…。わかってはいたが、俺は先輩のことをなにも知らないのだと改めてわかった。

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