123 / 127

セフレって言わないで!

 この別荘に来てから七日目。俺と先生は互いにあの話をすることはなく、いたって普通に過ごしていたはずだ。普通に話すし、久賀が外に出ていても二人で同じ部屋にいたりもする。  今も久賀が車を出して、食料を買いに行ってくれていた。先生は研究所からなにか連絡があったらしく、朝から慌ただしく仕事をしている。  俺はというと、とくにすることもなくリビングで読書に勤しんでいた。  読書をしていると、時計の針は気が付けばどんどん進んでいた。今日読んでいた本は、全部で四文字のタイトルで大長編の話だ。何巻も続きがでていて、面白いのはわかっているがなかなか手をつけることを躊躇していたのだった。 「久賀帰ってくんの、おせえな」 気が付くと、時間は13時。とっくに昼は過ぎている。久賀が家を出たのは、約二時間前だ。近くのスーパーマーケットまでは車で15分くらいだから、遅いだろう。道中でなにか、あったのだろうか。  心配をしていると、玄関の扉が開く音がして俺は少し急いで玄関に向かう。 「久賀、おかえりって…その人…」 久賀の後ろに俯いて立っている人物に少し怯む。  バイト先の、あの先輩だった。 「わりィ。コイツは俺がなんとかするから、お前は自分の部屋行ってろ」 少しバツが悪そうに言った久賀に、なんとなくの事情を察した。どうやってかは知らないが、俺の居場所を聞きつけた先輩が久賀と途中で鉢合わせをし、久賀に捕まったのだろう。 「いや、俺も先輩に話があるから…」  腹が減ったが仕方ない。飯は後だ。それに、この別荘にいるのも今日で最後だ。結局は、明日から元の生活に戻らなければならないし、男の自分がいつまで経っても男のストーカー相手にビビっていたってしょうがないだろう。  久賀は何か言いたそうな顔をしていたが、俺を説得して自分の部屋に行かせるのは難しいと思ったのだろう。何も言わずに部屋に入っていく。 「…先輩、こんにちは」 先輩は微妙そうな表情で俺を見つめた。どうぞ、とリビングに通すと先輩は素直に部屋に入っていく。すると、久賀が呼んだのだろう、先生もすでにリビングで待機をしていた。 「先輩はここに何をしに来たんですか」 誰も口を開かない状態ではどうしようもない。そう聞くと、先輩はその整った顔を少し歪めた。 「お前と、話がしたくて」 「話ですか? なら、ここでどうぞ」 バイトでお世話になった先輩とは言え、ストーカーはいただけない。 「…ッ、お前の様子が今までと変わって、驚いたんだ。だから、どうして変わったのか、知りたくて…」 「そりゃ、いきなり襲われたら、誰だって嫌だと思うんですけど……」 「だが、お前と俺は以前からこういう関係だったじゃないか!」 …こういう関係…?どういう関係だ…? 「なんでわからないという顔をするんだ…!? 俺とお前はセフレだっただろう…!」 先輩が悲痛に叫ぶ。  三秒、沈黙。  その後、久賀と俺の叫び声が響いた。 「いや、なんで東雲まで驚いてんだよ! ストーカーっていうよりかは、もう痴話喧嘩じゃねえか! それ! 俺達巻き込んでんじゃねえよ!」 「いや、久賀待ってくれよ!俺だって、なにがなんだか…」  もしかして、『東雲子規』の記憶すべてが引き継がれていないのかもしれない。もしくは、『東雲子規』自身が忘れたかった記憶…? 「は、はあ…!? どういうことだよ…それともなにか?コイツが嘘ついてるってことか?」 久賀がそう問い詰めると、先輩は慌てて首を振る。 「嘘じゃない、最近お前の雰囲気が少し変わって心配だったんだ…」 「万が一、先輩と俺がセフレだったとして…!今の俺は、嫌なんです…!」 今の俺には、先輩が嘘をついているかなんてわからない。記憶を引継ぎするなら、正確にやってくれよ!と、誰に宛ててるかもわからない苦情を心の中で叫んだ。 嫌、という言葉に酷く悲しい顔をした先輩に少し心が痛む。 「俺は、お前に何をしてしまったんだ…?言ってくれれば、直すし…謝るから…」  待ってくれ、なんでこの先輩こんなに必死なんだ…!?ただのセフレじゃないのか!?もうやだ俺…!はやく帰りたい…!

ともだちにシェアしよう!