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Last
「穂高?やめろよ、くすぐったいんだけど」
笑いを堪えようとする顔が好き。けれど耐えきれなくて破顔した顔も好き。
穂高と紡ぐその声が好き。
仕返しだと伸ばしてくる手が、逃げるなと追いかけてくる足が。捕まえたと包みこむ腕が、疲れたと鼓動を早める胸が。
航を作る全てのものが愛おしいと思う。
それと同時に、壊してしまいたいとも思う。
でも、今はまだ航に守られていてあげよう。穂高は思った。そして。
「あ。そう言えば、穂高って自分のことを『俺』って言う時もあるんだな」
ひとしきり笑い合った後、思い出したかのように航が言う。穂高はしまったと唇を噛んだが、それは杞憂に終わる。
「発情してたのは俺だけかと思ったけど、やっぱりオメガ同士でも釣られたりすんのかな?」
「さ、さあ……どうだろうね」
「だって、そうじゃなきゃ俺なんて穂高は言わないだろ?今までそう言ってるの聞いたことないし」
「どうだろう。でも航、もし僕が本当は自分のことを俺って呼んでたとしたら、どうする?」
挑むような視線を穂高は航に向ける。少しだけ偽りの殻を破ってみようと思った、第一歩だった。
それは穂高にとって意味のある大きな一歩だったのだけれど、航はあっけらかんとして言い放った。
「んー……そんなのどうでもいいや。だって穂高は穂高なんだから、そんな小さい事なんて気にするかよ!」
「でも。もしかしたら他にも、航に言ってないことがあるかもしれないし」
「俺だって穂高に言ってないことあるぞ。たとえば、昨日は寝坊してランニングの時間が半分しかなかったとか……それから、明日提出の英語の課題してないとか!」
航の言う秘密は本当に小さなことで、穂高のそれとは全く違う。またも自分の醜さを痛感した穂高は、ため息を吐いた。
けれど、今さらこんなことで落ち込んだりするような、繊細な神経はしていない。
「航……とにかく、英語の課題はした方がいいと思うよ。僕も明日からは学校に行けそうだから、一緒にしよう」
「えー。だって穂高は英語も苦手だろ?英語だけじゃなく数学も生物も化学も、世界史も全部」
「うん。だから航が僕に教えて。僕の為に、航が」
仕方ないなぁ、と航が笑うから。あまりにも楽しそうな顔で、嬉しそうな顔で言うから。
「本当、穂高は一人じゃ何もできないよな」
そんな自分でいれば、航は傍にいてくれる。
そんな自分でいれば、航を守れる。
それなら俺は……と、穂高は心の中で切り出す。そして肝心な部分を隠し、航に返した。
「だって、ヒーローだからね」
君は俺の可愛いヒーロー。鈍感で素直で、少し抜けているところがあるけれど、優しく強いヒーロー。
仕方がないから、今は守られていてあげよう。けれど航がピンチの時には敵に立ち向かい、今度は自分が航を守る。裏工作も卑怯な駆け引きも、手段を択ばずに守ってあげる。
アイアム、ユア ヒーロー。
その正体はまだ秘密にしておこう。
――END
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