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第6話:僕と上司とスカイツリー5

「……やっぱり、そのくらいが普段着っぽくていいか」 「結局、普段着っぽさを求めるんですか……」 とはいえ僕の普段着とは、シルエットや素材感がまるで違う。 僕にとって、その違いが必要かどうかは分からないけれど。 「それで行こう、いろいろ言ってると遅れる」 相楽さんは僕の襟首から服のタグをちぎり取り、足早にカウンターへ向かった。 「あの、今のお会計って……」 タクシーに戻ったところで聞くと、相楽さんは面倒くさそうな顔をする。 「それがミズキの1週間分の給料だな」 「1週間分……」 頭の中で、5と6で割って確認する。 週休2日かどうか分からないけれど、妥当な金額かもしれない。 「計算すんな! 冗談だ」 相楽さんが、僕の頭の中を覗いたように言ってきた。 「それは俺からの就職祝い。仕事で返してくれればいい」 「えっ……は、はい!」 (なんだ、優しいじゃん) 思わず見つめると、相楽さんは照れくさそうに窓の外へ目を向ける。 真新しいシャツの肌触りをおなかの辺りに感じながら、僕はこの人に受け入れられているらしいことに少し安心した。 * それからの営業回りは僕にとって、とても新鮮な時間だった。 おなじみの牛丼チェーンの話をしたかと思えば、その広告手法の話になり、相楽さんが新しい広告の展開を即興で披露する。 あくまで、こんな広告があれば面白いという架空の話だ。 もちろん、それがすぐ自分たちの仕事に繋がるわけじゃない。 けれど誰もが相楽さんの話を、楽しそうに聞いていた。 この人は頭がいい。 この人とならきっと面白い仕事ができる。 そう印象づけるのがおそらくこの人の狙いで、それはきっと成功している。 なぜなら僕自身が話を聞くうち、そう強く思ったからだ。 (僕は、すごい人に拾われてしまったのかもしれない) 相楽さんと一緒にいるだけでワクワクする。 この人の下でなら、僕も何かすごいものを作れる気がした。 「じゃあ次は、うちの新商品の広告を提案してください」 取引先の担当者からお声がかかる。 「関連会社が、いい制作会社を探していて。力を貸してもらえませんか」 方々を回るうち、そんな話も持ちかけられた。 そして相楽さんのスマホには、次々とクライアントからの電話がかかってくる。 「明日は忙しくなりそうだな」 下りエレベーターの中で電話を切り、相楽さんは足下に視線を向けた。 ガラス張りのエレベーターからは、下に広がるビル街が見渡せる。 遠くまで延々と続く大小様々なビルの中には、それぞれ違った会社が入っていて、星の数ほどのビジネスが動いている。 それを思うと、東京とはなんてエキサイティングな場所だろう。 そしてその中のいくつものビジネスが相楽さんを求め、こちらへ手を伸ばしている。 「帰ったらやることが多いけど……とりあえずメシでも行くか」 強い光を放つ瞳がくるりと動き、僕をとらえた。

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