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第5話:僕と上司とスカイツリー4
(顔採用って僕のこと?)
ドキッとして振り向く。
そばかすの目立つひとりと目が合った。
気まずい空気が流れる。
「……ごほん」
橘さんが咳払いし、目尻に皺を寄せて笑った。
「ごめんね荒川くん。深い意味はないから……」
「いや、あの……」
橘さんを謝らせたままにしているのは悪い気がして、僕は続ける。
「顔採用っていうのは、さすがに違うと思いますよ。
ただ僕が就活で困ってたから、相楽さんは同情して拾ってくれただけで」
すると今度はさっきと別の方向から、思わぬ声が聞こえてくる。
「同情なんてする人かなあ?」
「えっ……」
「あの相楽さんが、ただ人に情けをかけるわけがない」
そこにいたみんなが、その言葉に同意しているのが空気で分かった。
チーフの橘さんも、何も言わずに苦笑いを浮かべている。
(そこまで言われるなんて、相楽さんてどんな人なんだ……)
昨日見た、人懐っこい笑顔を思い出す。
そんな時……。
「おいおいお前ら、ミズキに何吹き込んでんだよ」
よく通る声が聞こえてきて、廊下で団子になっていたみんなの向こうに相楽さんの顔が見えた。
「よお!」
「お、おはようございます!」
道を開けながら、みんなが慌てて挨拶する。
「ようやく社長のお出ましか」
橘さんが笑った。
「新人くんを呼び出しておいて、約束の時間にいないってのはどういうことだよ」
「悪い、ちょっと寄るところがあったんだ」
相楽さんも笑っている。
どうもこの2人は気の置けない間柄らしい。
「で、彼の席はどうしよう?」
橘さんの問いに、相楽さんが肩をすくめた。
「とりあえず席はいい。外回りに連れていく」
「えっ、外回り?」
初めは雑用からだと思っていたら、意外な指名にびっくりしてしまう。
「でもまだ僕、なんにも聞いてなくて……」
「細かいことはあとだ、外にタクシー待たせてるから急ぐぞ!」
そして僕は相楽さんに追い立てられるようにして、事務所の前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
*
「どこへ行くんですか?」
「六本木ヒルズへ」
相楽さんは僕にではなく、タクシーの運転手さんの方へ声をかける。
「六本木ヒルズ!?」
大人の街の、リッチな人たちが行く場所というイメージしかなかった。
「そんな場所で、僕は何をすればいいんですか」
「取引先の会社が、あそこに何社か入ってる。その担当に会いに行くから、お前は俺の隣でニコニコ話を聞いてればいい」
「ニコニコって言われても……なんだかすごく、場違いな気がするんですけど……」
いま相楽さんは、Tシャツの上に小洒落たジャケットなんかを羽織っている。
雑用係のつもりで来た普段着の僕じゃ、隣にいるのもマズい気がした。
慌ててシャツの皺を伸ばしていると、相楽さんに気づかれる。
「服のこと気にしてんのか」
「言ってくれたら、もう少しマシな格好で来たのに」
「それは悪かったな」
彼は僕のシャツの襟を引っ張ってみて、バックミラー越しに運転手さんを見た。
「六本木ヒルズに行く前に、青山のギャルソンに寄って」
「ギャルソンって、あのギャルソン!?」
苦学生の感覚だと、ちょっと手の出る価格帯じゃない。
「ミズキは細身できれいなシルエットをしてるから、ああいうのが似合うと思う」
「いやいや、そういう問題じゃなくって!」
言い合ううちに店に到着し、僕は着せ替え人形のように着替えさせられる。
「とりあえずこの辺? 時間もないし、どんどん見よう」
フィッティングルームから出た途端、別の服を胸に当てられ、中へ押し戻された。
(っていうか、これいくらだ? 相楽さん、絶対値札なんて見てないよね!?)
「じゃあそれに、こいつを合わせて」
シンプルなTシャツの上に、縦のラインがきれいなベストを着せられる。
「ベストなんて着たことないですけど……」
「お前、おしゃれに気をつかうのは逆にカッコ悪いとか思ってるクチだろ?」
「ち、違いますよ、ただこういうものには必要性を感じられなくて……」
「必要性だけじゃつまんねえ、必要なのは自由と遊び心だろー」
そんなことを自信満々に言いながら、相楽さんは僕に一度着せたベストを脱がせた。
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