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第11話:僕と上司とスカイツリー10

「だいたいさあ、頼まれてもいないものを提案するなんて無駄なんだよ! それがなくたって、こっちは普段から馬車馬みたいに働いてんのに!」 みんなが目だけを、あるいは耳だけを久保田さんの方へ向けていた。 彼の声がまた大きくなる。 「クレアポルテ? やりたきゃ1人で勝手にやれよ、付き合いきれんわ!」 彼がデスクを両手で叩いたところで、ようやくみんなが反応した。 「久保田~」 「落ち着け」 「社長には社長の考えがあるんだろ」 とはいえ、いさめるみんなの声にも、諦めと疲れがにじんでいる。 (僕のわがままに、みんなを巻き込んでる) 疲労で重い右腕をさすり、僕は唇を噛んだ。 ――したいんだろ、デザインが。 挑発するように言った相楽さんの声が、耳の中でリフレインした。 「僕、相楽さんを探してきます!」 「えっ……探すってどこを?」 仮眠していると思っていた橘さんが、パッとデスクから顔を上げた。 「相楽さんのスケジュール表、いま押上にいることになってます。電話していって捕まえます」 スマホと荷物を手に、勢いよく席を立つ。 その瞬間。 相楽さんのデスクの上に積み重なっていた茶封筒の束が、バラバラと床に落ちた。 (あ……!) その中に僕は、見たくなかったものを見てしまう。 未開封の通販カタログやダイレクトメールに交じって、僕のポートフォリオがあった。 未開封の郵便物に混じっているところをみると、あの日僕からこれを預かったまま、相楽さんはきっと一度も見ていない。 デザイナーとしての僕に、本当に興味がないんだ……。 「……大丈夫?」 中腰のまま動けなくなった僕を、橘さんが来て手伝おうとする。 「いえ! すいません、大丈夫です」 僕は慌てて自分のポートフォリオを、他の封筒で隠して拾った。 そしてみじめなこの状況を隠そうとする自分に、苛立ちを覚える。 (どうして、僕がこんな目に……) 鬱屈した気持ちの矛先は当然、相楽さんに向かうわけで……。 * 相楽さんははたしてスカイツリーのふもと、押上にした。 「こんなところで何してるんですか!」 彼の縦縞シャツの襟首をひねり上げ、広々とした屋上ガーデンの隅まで引っ張っていく。 「ミズキ、落ち着け」 「これが落ち着いてられますか!」 ここはリゾート風の屋上庭園。 相楽さんはここを数十人の仲間と貸し切り、酒盛りに興じていた。 そして怒り心頭の僕を見ても、ビールジョッキを手放そうとしない。 「いったいなんのパーティーですか!?」 浮き世離れした馬鹿騒ぎに、僕は眉をひそめる。 バーベキューのテーブルの間を水着の美女たちが行き交い、お酒を運んでいる。 その向こうではテレビで見たことのある芸人が、半裸姿で場を沸かせていた。 「最近投資会社を立ち上げたヤツがいて、そのお祝いだ。……ほら、あそこ!」 相楽さんの視線の先で、ブランドスーツの男性が両側に美女をはべらせている。 ほとんど徹夜で仕事している事務所のみんなを思うと、そのギャップに目眩がした。 「あのお友達が、相楽さんのことを必要としていますか!? 事務所のみなさんは、相楽さんを待っています。行きましょう!」 「やだよ今、いい肉焼いてるのに……」 そう言いつつ、相楽さんの視線は肉ではなくそびえ立つスカイツリーを向いていた。 紫色にライトアップされたスカイツリーがぐらぐらと揺れて倒れ込んでくる錯覚に襲われる。 「……っ、帰りましょう!」 「ミズキ1人で帰れば?」 「それはできません!」 「だったら肉でも食っとけよ」 「ふざけないでください!」 焼いた肉を差しだそうとする、相楽さんの手を払いのけた。 肉の刺さった金串が、クルクルと宙を舞い足下の人工芝に突き刺さる。 さすがの相楽さんも、それを見て気勢を削がれた顔をした。

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