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第21話:紫色のチェ・ゲバラTシャツ7

確かに相楽さんの料理は、それなりの腕前だった。 パスタの塩加減はばっちりだし、包丁を握る手つきも手慣れていた。 スパイスなんかにやたらと凝る人もいるけれど、最低限の食材でしっかりと味を調えられるのは、いかにも器用な彼らしい。 そして大きな器を使った盛りつけ方は、レストランみたいにきれいだった。 「けど……料理ができるなら、片づけなんて簡単だと思いますけど……」 ふと気づいて指摘すると、相楽さんは右手に握ったフォークの先を呆れ顔で僕に向ける。 「そういう問題じゃない! 俺は創造性のある作業が好きなんだ」 自信満々に言う言い訳に笑ってしまったけれど、言いたいことはよく分かった。 つまり食事の片づけは、できないんじゃなくて、やらないだけらしい。 「本当に勝手な人ですねえ」 「勝手で結構。そういうミズキは、逆にあるものに手を入れるのが好きみたいだけどな」 「あるものに手を入れる?」 なんのことかと思えば、相楽さんは僕の修理した椅子をポンポンと叩いてみせた。 「ああ、これのことですか。僕は手を入れるというより、ものを大切に使うのが好きなんです。これ、パーシモンチェアですよね? 長大作がデザインした」 「そうだった」 相楽さんが、思い出したように椅子を見下ろす。 「僕はデザインするのも好きですけど、今あるいいものを、大切にしたいんです。世の中にあふれているデザインのほとんどは、どんどん消費されて、消えていってしまうから……」 「消えていく……まあそうか」 相楽さんも、一旦納得したような顔をした。 けれどもすぐ僕の顔を見て、面白そうに笑いだす。 「っていうか、ミズキはじじいか!」 「えっ、じいい?」 「そうだよ。そういう懐古主義的なことをいうのは大抵じじいだ」 「そう言われると、そうかもしれませんけど……」 なかなか就職が決まらなかった僕は、デザイン業界を志しながら、その周辺をじっと見つめていた。 そうすると、いろいろなことを考えてしまう。 デザインとは何か。 新しい形を、ものあり方を、生み出すことの意味は……。 そして業界の動きはめまぐるしい。 次々と新しいものがもてはやされる一方で、忘れ去られていくもの、疲弊していく人々の存在にも気づく。 「確かに僕の考えは懐古主義かもしれません。けどこの前納品したクレアポルテのポスターだって、期間限定のキャンペーンでたった1カ月の命じゃないですか。僕の手がけた作品が世に出るのは嬉しいですけど、ずっと使ってもらうのは本当に難しいんだなって……」 「ミズキは、そんなふうに考えてるのか」 相楽さんが、フォークを止めて僕を見た。 「……すみません。新人のくせにこんなこと言うのはおこがましいですよね!」 彼から視線を外し、パスタを口に押し込む。 「別におこがましくなんかない。俺がもっとでかい仕事を取ってきてやるよ!」 パスタを咀嚼していた背中を、いきなり平手で叩かれた。 「ごふっ……何するんですか!」 「悪い」 「もう……」 そこでふと、相楽さんが遠くに目を向ける。 「けどさ、たった1カ月の命、それも結構じゃないか」 (え……?) 僕は驚きをもって、彼の横顔を見つめる。 「俺は一瞬の輝きに人生かけられるし、一瞬でも誰かを楽しませたり、喜ばせたりできればそれでいい。歴史の評価なんて、そんなたいそうなものは望まねえよ」 そう言って相楽さんは、グラスの水を豪快に飲み干した。 その刹那主義的な考えはいかにも彼らしい。 けれどもオリンピックロゴを初め、そんな相楽さんの作品のいくつもが歴史に残っている。 いいものは残る、それだけだ。 天才は後ろを振り向き、感傷に浸ったりはしない。 (やっぱりこの人は、天才なんだ……) そんな時、相楽さんがテーブルの脇に置いていたスケッチブックに手を伸ばす。 「で、これがミズキのエコ水?」 「あ~っ、それは!」 慌てて回収しようとしたけれど、スケッチブックの中身をばっちり見られてしまった。

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