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第24話:紫色のチェ・ゲバラTシャツ10

そこはどこだろうか。学校らしき場所の花壇で、ペットボトルの風車が回っている。 「ペットボトルを使った風車を、いくつかの小学校やご家庭で見つけました。御社が風車作りを推奨しなくても、このボトルで楽しい風車を作れることは一般の方々が自然に発見してくれると思います」 「それなら、こちらで推奨するよりむしろ話題になりますね!」 テーブルを囲むひとりが声を上げる。 「確かに、そういったプロモーションの方が押しつけ感がなくていいかもしれない」 「その方向でいきましょう!」 同意の声が次々と上がり、会議室に笑顔が戻った。 * 「ミズキお疲れ~」 下町の中華料理店で、相楽さんがウーロン茶のグラスをぶつけてくる。 すすけた福の字が上下逆に貼ってある、なんだかホッとする雰囲気の店だった。 「お疲れ様です」 「ビールでも飲みたいところだけど、今日にも結果の連絡がありそうだしな」 グラスに口をつけながら、相楽さんはテーブルの上のスマホに目を落とす。 「今日? そんなにすぐ結果が出ますか?」 結果というのはもちろん、さっきのコンペの結果だ。 「だって俺らの圧勝だろ。向こうさんは関係者全員が揃ってたし、議論の余地なしですぐに連絡してくる」 その口ぶりからして相楽さんは、コンペの勝ちをまったく疑っていないらしい。 「でも、他に何社も呼ばれてたのに……」 「それでも俺が圧勝だっていったら圧勝なんだよ」 運ばれてきたえびチリをたっぷりとレンゲによそい、相楽さんは明るい笑みを浮かべた。 (確かに感触はよかったけど、そこまで言い切れるなんて、何か理由があるのかな?) 僕は不思議に思いながら、テーブル越しに彼の顔を見つめる。 「ほら食え! 食わねーと大きくなんねーぞ」 小皿に取ったえびチリは僕のためのものだったらしい。 目の前に勢いよく突き出された。 「ありがとうございます。でも、僕の方が相楽さんより背は高いと思いますよ?」 そんな僕の指摘に、彼は目を見開く。 「はあっ? 俺の方が高いだろ?」 「そんなことありませんよ、僕の方が」 向かい合って座ったまま、背筋を伸ばして背くらべになる。 「ミズキ、身長何センチ?」 「178センチです」 「嘘だ……」 相楽さんがすうっと目を逸らした。 堂々としてる人は大きく見えるし、その逆もしかりで。 小さく見えるってことは、相楽さんの目には僕は自信のない子供みたいに映っていたんだろう。 珍しくしょげているらしいこの人を、僕はえびチリを咀嚼しながら新鮮な思いで眺める。 「身長で負けたくらいで悔しがらないでくださいよ、中学生じゃないんですから」 「5ミリしか負けてない。5ミリくらい、その日のコンディション次第だ」 (っていうか相楽さんなら、まだまだ背が伸びそうな気がするよな、キャラクター的に……) 小皿と箸を置き、テーブル越しに彼の頭に触れてみた。 「……っ、何する!」 「すいません、つい触りたくなって」 「いいから手え放せ!」 よっぽど悔しかったのか、相楽さんは怒りつつも泣きそうな顔だ。 (今日の相楽さん、なんか可愛いな!) 思わず髪を撫でる。 「よしよし」 「お前、覚えてろよ!」 向こうから伸びてきた手に、強引に髪を乱された。 * そして、相楽さんの予想通りその日のうちに連絡があり、ストーリー飲料のコンペは僕らの提案が採用された。 「ミズキ、これから忙しくなるな!」 翌日、僕を連れてまた先方に出向いた相楽さんは、発注書を手に晴れ晴れとした笑顔を見せる。 「はい、よろしくお願いします」 商品デザインの仕事を勝ち取った僕たちは、これから広告や販促グッズのデザインもまとめて引き受けることになるらしい。 「とりあえず事務所に戻って、仕事の割り振りを考えなきゃな」 そんな話をしながらエレベーターを下り、ゲストバッチを返そうと受付に向かっていた時だった。 (あれ……?) 相楽さんの手にしていたスマホが震えた。 画面を見て、彼は眉をひそめる。 「悪いんだけどミズキ、先に戻っててくれ」 「先に……? いいですけど、どうして」 「ちょっと、野暮用でな」 どういうわけか相楽さんは、来た道を逆戻りしていってしまう。 (野暮用って、このビルで?) ストーリー飲料の本社ビルで、行き先といえば会議室のフロアか早乙女さんたちのいる企画部しか思い当たらない。 (ちょっとの野暮用で、僕を置いていくのも変だし……) 首をかしげつつ、エレベーターに乗り込んでいく背中を見送ったあと、僕はあることに気づいた。

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