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第29話:紫色のチェ・ゲバラTシャツ15

「まあ……相楽さんはよくも悪くもあの性格ですからね。付き合っていれば、不満くらい溜まると思います」 自分の置かれた状況を思い出すと、ため息のひとつも出てしまう。 けれども僕より付き合いの長いみんなは、もっとたくさん相楽さんに振り回されてきたに違いない。 「荒川、ため息重いぞ!」 「今日はぶっちゃけちゃえよ!」 「……ですね!」 (とはいえ、キスされたなんて言えないけど……) 胸の奥が、またチクリと痛んだ。 そんな時、不意に聞かれる。 「そういえば、エコ水の風車って、荒川くんのアイデアなんだって?」 「ああ、あれは……僕がたまたま作ったのを、相楽さんが見て」 「じゃあやっぱり荒川くんのアイデアじゃん。相楽さん、手は動かさないしアイデアも出さないんじゃ、いる意味ないんじゃ?」 (え……?) 相楽さんへの批判が、思いがけない方向へ向かっていって戸惑った。 「いや、そんなことないですよ。ちゃんと指示してくれたし、プレゼンも完璧にこなしてくれて……」 「確かに、プレゼンは上手いけどさ……」 そこで、また別のひとりが口を開いた。 「けどクライアントに受けがいいのだって、あの人相当ズルしてるよ? 担当を個人的に、飲みに誘ったりだとか」 「飲みならまだいいけどね、ホテルとか行ってそう!」 「行ってる行ってる! すごい、いかにも朝帰り~って感じの時とかあるし!」 テーブルが、そんな話で盛り上がる。 相楽さんを擁護したい気もするけれど、全然その材料がなかった。 「仕事ぶりはともかく、相楽さんの作品は好きなんだけどな……」 つぶやく僕に、みんなの視線が集まる。 「もしかして荒川くん、気づいてないの!?」 「気づいてないって、何を……?」 みんなが気まずそうな顔をし、久保田さんが代表するように口を開いた。 「言っちゃうね?」 「うん……」 「相楽さんって、自分の手で絶対デザインしないじゃん。あれはしないんじゃなくてできないんだよ。だから、あの人の個人名義で獲ってる賞なんかも全部、下のデザイナーの作品。世渡りだけは異常に上手いから、世間では天才みたいに扱われてるけど」 「え……。いやいや、それはさすがに!」 予想外の展開に、そんな言葉しか出てこない。 久保田さんが神妙な顔をして言ってくる。 「常識的に考えてさすがにないって思うかもしれないけど、そんな常識が通じないのがこの業界だから」 その言葉を信じていいのか分からない。 けれど確かに、僕も相楽さんが自らデザインを起こすところを見たことがなくて……。 「手描きラフも、ミミズの這ったような線だしな。あれは少なくとも、絵心のある人の線じゃないよ」 横から言われたその言葉にも、同意せざるを得なかった。 * 久保田さんたちと別れたあと――。 恐る恐るマンションに戻ると、どういうわけか相楽さんはいなかった。 (いつもの靴がない……。飲みにでも行ったのかな?) 時刻は深夜すぎ。 この時間にいないとなると、朝帰りのパターンかもしれない。 そこで相楽さんのスマホに表示されていた、早乙女さんの名前が頭をよぎった。 僕の前では電話に出なかったけど結局、早乙女さんに呼び出されて行ったんだろう。 アルコールの残る体で自分の部屋へ行き、直にフローリングに座り込む。 そして敷いたままの布団を見ると、少し前にそこでした戯れを思い出してしまった。 「相楽さん……」 彼の残り香でも探すように、自分の布団に顔をうずめる。 気持ちと行動が、ちぐはぐだ。 さっきは怒って飛び出したのに、置いていかれたと思うと切なさが募った。

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