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第30話:紫色のチェ・ゲバラTシャツ16

そんな時、床に積んだままになっていた段ボール箱が目に留まった。 一旦引っ越しは諦めたもののここには長くはいないと思って、普段使わない荷物は箱詰めしたままになっている。 その中の1番上の箱。 そこに相楽さんの作品集を入れていたのを思い出した。 作品集といっても学生時代の僕が、雑誌の切り抜きやプリントしたWEBページを勝手にファイリングしたものだ。 それをそっと開いてみると、ひどく懐かしい思いにとらわれる。 (これ、広告賞を獲った時のやつだ……) インタビュー記事で相楽さんは、なぜかティラノサウルスのかぶり物を被っている。 それでも写真に映り込んだ手元は、間違いなく相楽さんのもので。 そこにある指の長い骨張った手を、とても愛おしく感じてしまった。 それからページを遡っていくと、彼のデザイナー時代の作品に行き当たる。 僕はお気に入りのキャラクターイラストを見つけ、その線を指で撫でた。 (このイラストとか、パッと見は相楽さんらしい大胆さなのに0,1ミリ単位で計算され尽してるんだよな……) 久保田さんたちはああ言っていたけれど、本当にこれが下のデザイナーの作品なんだろうか。 ここまで計算された線と個性を、他人が変わって作り出せるとは思えない。 別人の作品が紛れ込んでいれば、それは違和感となって表に出てくるはずだ。 (やっぱりこれは、相楽さん本人の作品だ) 確信があるわけじゃない。 あの人の嘘やハッタリには散々振り回されてきた。 けれど少なくとも彼の『作品』は、信じられる気がして……。 ページを捲るたび、その思いは強くなっていった。 * 翌朝――。 「ミズキ、俺のチェ・ゲバラTシャツ知らねえ? 紫色のやつ」 リビングのドアを開けた相楽さんが、僕をまっすぐに見て言い放った。 (会うのが気まずいって思ってたのに、この人は……) 朝食のパンをかじっていた僕は、モグモグしながら反論する。 「知りませんよ! 脱いで適当なところに置くからでしょう。どうせ洗面所の棚の裏にでも落っこちてると思いますよ」 「洗面所の棚の裏か……」 相楽さんは素直に回れ右をして、リビングを出ていった。 そして洗面所から、ゴソゴソと探す物音が聞こえてくる。 (……あったのかな?) 気まずさもありつつ、気になって僕も洗面所に向かう。 するとちょうど相楽さんが、棚の裏から紫色のTシャツを引っ張りだしたところだった。 「案の定ですね」 予想が当たり、僕はほんの少し得意になる。 「半信半疑だったけど、ミズキの言う通りだった……」 「僕は相楽さんみたいに、適当なことばっかり言いませんから」 「適当ってなんのことだよ?」 相楽さんがムッとした顔でこっちを見た。 そして僕が答える前に自分で言い当てる。 「そうか、昨日のこと言ってんのか!」 「よく分かりましたね」 ミズキに夢中だ、なんて言われて本気にしてしまった自分もどうかと思う。 少し複雑な気分になっていると、ムッとした顔のままの相楽さんにいきなり鼻をつままれた。 「んんっ! 何するんですか!」 「可愛くねーな」 「可愛くなくて結構です!」 「昨日、おっぱい触ってやった時は、素直に感じてたくせに」 カッと顔全体が熱を持つ。 「……っ! それ、今度言ったら張り倒しますよ!?」 鼻をつまむ手を払いのけて行こうとすると、後ろから手首をつかまれた。 「ミーズキ」 「なんですか、なんなんですか……」 「嘘だよ、ごめん」 急に甘え声で言われて、反応に困る。 「何が嘘で、何に対して謝ってるんですか?」 もしも、昨日の甘い言葉が全部嘘だと認めるなら……。 僕も怒りはするけど、なんとか水に流せる気がする。 そんなことを思いながら僕は、朝方のアンニュイな色気を漂わせる彼の顔をそっと見つめた。

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