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第31話:紫色のチェ・ゲバラTシャツ17
「変なこと言って悪かったって意味。お前に張り倒されたくはねーし」
「……それから?」
「それから? そうだな、可愛くないって言ったのも嘘だ」
相楽さんはそれだけ言って、話は済んだとでもいうように僕の手首を放す。
「……っ、それだけですか? 今のことだけじゃなくて、もっといろいろあるでしょう」
追いすがるように言うと、勝ち誇ったような瞳が僕を見返した。
「他に? 身に覚えがないなあ」
「はあっ!?」
肩すかしを食らわされた。
謝罪の言葉も、逆に本気で好きだという言葉も、きっと心のどこかで期待していたのに。
「本当に、相楽さんは……」
落胆し、それからかえって清々しい気持ちにもなってきた。
「本っ当~に、人を食ったような人ですね!もういいですから、それ、こっちに寄越してください」
相楽さんの持っていた、皺だらけのTシャツをひったくる。
「僕も洗濯するので、一緒に回しちゃいます」
「悪いな」
「いえ……」
「じゃあ俺はここの掃除でもするか。他にもいろいろ、落ちてる気がするし」
「ええっ!?」
珍しく箒なんか手にする相楽さんを見て、思わず声を上げてしまった。
「……なんだよ?」
「相楽さんが、自分から掃除をするなんて」
「あのなー、俺だってたまには掃除くらいする」
そう言いながら、彼は決まり悪そうに棚の後ろを覗き込んでいる。
(今日の相楽さん、なんかいつもと違う?)
丸めた背中を見ながら考えて、ある仮定が思い浮かんだ。
(もしかしてこの人、昨日のことを反省してるんじゃ?)
相楽さんがコンペのために早乙女さんに取り入ったのかどうか。
それは黒に近いグレーだけれど、2人のどちらかが口を割らない限り分からない。
けれどもあんなことまでして僕を黙らせようとしたことは、相楽さんもやりすぎだったと反省しているに違いない。
そして考えてみると、もしかしたら早乙女さんとは純粋な恋愛関係なのかもしれなくて。
その場合、勘ぐられると困るというのも理解できはする。
相楽さんの立場でクライアントの担当と付き合ってます、なんて大っぴらにはしづらいからだ。
どちらにしても、この人にはこの人の考えや立場がきっとある。
(もともと僕が、責め立てるようなことじゃなかったのかもしれないな……)
ショックで取り乱してしまった自分を、僕も少し反省した。
と、相楽さんの持つ箒の先が、僕の足下までやってくる。
「あっちいけよー、そこにいられたら掃除しにくい」
「はいはい」
箒で追い立てられ、僕はチェ・ゲバラTシャツとともに洗面所をあとにする。
(それにしても、このTシャツが大事だったなんて……)
革命の英雄が、服の皺のせいで笑って見えた。
(相楽さんも子供っぽいところがあるよな。もともとの性格からして、大人じゃないんだけど)
そう考えると、チェ・ゲバラよりも僕の方が笑えてくる。
そしてその時には僕はもう、彼のことを許せている気がした。
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