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第38話:ハワイアン・ジントニック7

建物内のWi-Fiに接続し、メールサーバーを覗く。 するとメールではなくテキストチャットの方に、どういうわけか早乙女さんからメッセージが届いていた。 何かと思えば、そこには『相楽くんとその後どう?』とだけ書いてある。 こちらは夜だけれど、日本は翌日の昼過ぎくらいの時間のはずだ。 もしかしたら昼休みにでも暇つぶしに送信したのかもしれない。 しかし『その後どう』と言われても返す言葉に困ってしまう。 僕はただ『どうって何がですか?』と聞き返した。 するとすぐ、早乙女さんから返事がある。 『相楽くんといい感じになったなら教えてよね!』 (男同士のいい感じって、いったい……) 人に見られたら変に思われると思い、僕は誰もいない寝室を見回した。 廊下の方からも人が来る気配はない。 僕はまた、ノートPCに向き直る。 それにしても早乙女さんは、個人的なテキストチャットを送ってくるくらい、僕らのことが気になってるのか。 日本を離れる前に聞いた、彼女の言葉を思い出す。 ――私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。 (あの口ぶりだと、結構長く付き合ってたんだろうな……) そこで何か、ひらめくものがあった。 (あれっ? だったら早乙女さん、相楽さんの過去をいろいろと知ってるんじゃ!?) もう一度周りを確認し、僕はノートPCの前で居住まいを正す。 『それより、ひとつ聞いてもいいですか?』 そう送ってみると、早乙女さんから頷く顔のアイコンが送られてきた。 ごくりとつばを飲む。 相楽さんの一昨日のあの言葉は、僕の思い上がりでなければ僕だけに打ち明けてくれた言葉だ。 それをそのまま伝えてはいけない気がした。 そこで僕は別の聞き方をしてみる。 『相楽さんって、過去に何かあったんですか? 何かで死にかけたとか、価値観が大きく変わるようなできごとが』 しばらく待って、返事が返ってきた。 『彼、代理店時代に職場で倒れてるの。手当が早くて命は取り留めたけど、入院とリハビリで何カ月かは大変だった』 (え……職場で倒れた? リハビリが必要なほどってことは、脳卒中か何か?) ただごとでない事態が浮かび、緊張が走る。 (そんな、あの人には似合わない……) けれど、僕が『そのうち倒れます』と言った時、相楽さんは『それは分かってる』と即答していた。 これ以上やったら倒れるという限界を、あの人は知っている。 そして普通の人間なら手前で自制するところを、あの人はあえて攻めているんだ。 (本当になんなんだ!) 汗ばむ暑さなのに鳥肌が立つ。 一方で死を背負いながらも走り続ける彼を思うと、胸が熱かった。 リビングの方からワアッという歓声が聞こえてくる。 その中にある相楽さんの声を聞き分け、僕はそれに耳を澄ました。 * ハワイ最後の夜。 みんなはコンドミニアムのリビングでお酒を飲み、力尽きたようにベッドに入っていった。 さすがにこれまでの旅の疲れが溜まっていたんだろう。 寝静まるのも早かった。 ベッドでしばらくスマホを見ていた僕は、時刻が深夜に近づいたのを確認し、それを置いた。 そんな時、廊下の方にふと誰かの気配を感じる。 胸騒ぎがして身を起こすと、少し開いているドアの向こうを人影が通り過ぎた。 (……相楽さん?) パーカーを羽織りボディバッグを持つその姿は、少なくともトイレに行く格好ではない。 「どこ行くんですか?」 僕は寝間着のまま廊下へ出て、彼の背中に呼びかけた。 「ミズキか」 相楽さんがこちらを振り向き、半笑いを浮かべた。 その顔からして、どこか遊びにでも行くところだったに違いない。 「どこ行くんですか」 もう一度聞くと、彼は「ちょっとな」と言葉を濁した。 「また飲みにでも行く気でしょう」 「みんな寝ちまって暇だったから」 相楽さんはおどけたように肩をすくめる。 「暇って、明日は朝イチで帰りの便に乗るんですよ?」 「まだ8時間ある」 その余裕の口ぶりに呆れてしまった。 「相楽さん、一昨日のこと忘れちゃいましたか?」 そばに行き、彼の前髪にそっと触れる。 もう絆創膏は取れていて、前髪を下ろしていれば傷も目立たなくなっていた。 「ちゃんと寝てください、無茶な遊び方も飲み方も控えてください。仕事もです。生き急ぐみたいなことはやめてください。倒れるギリギリに挑むなんて馬鹿げてますよ……」 暗い廊下で、彼の瞳をまっすぐに見つめる。 みんなを起こさないよう声をひそめてはいるけれど、気迫で逃がさないつもりだった。 「ミズキは、何を心配している?」 相楽さんの瞳が、不安げに揺れた気がした。

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