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第36話
もう何度目かも分からない絶頂を迎え、途切れ途切れに弟を呼ぶ。意味のある言葉はとっくに忘れてしまって、ただただ馬鹿みたいにその一音だけを繰り返した。
ぐちゃぐちゃに乱れたシーツの上で、胡坐を掻いた弘人を跨いでその首筋に縋る。自重で深く呑み込んだもののせいで上手く力を入れられない。腰に添えられた弘人の手は本当に添えるだけで、支えてくれるつもりはないらしくやわやわと素肌を撫でていた。
その感触にさえ敏感になり過ぎた肌が震えて、また弘人を愉しませる。分かっているのにどうすることもできず、湊は息も絶え絶えに回した腕を引き寄せ、汗で湿った髪に指を埋めた。
「も、動いて」
終わらせろと懇願してもやんわり拒否される。埋め込まれたままじわじわ炙られて、いい加減限界だった。
「もう一回イって」
「なんで……っ。もう、一滴も、出ない」
「出なくていいから。ドライでイって」
優し気に、けれどはっきりと囁かれた言葉に、それを狙っていたのだと理解してぞっとした。
時間を空けずに何度も射精して、その上ドライオーガズムまで要求されたら堪ったものではない。まだ経験したことはないが、度々口にされて調べたからどんな状態になるかは理解している。ただでさえ壊れかけている心臓が止まってしまうぐらいには強烈なはずだ。
「無理、それ、無理だから」
「ダメ。考えなしに煽りまくったの、兄さんでしょ。責任取って」
「だ、て、こんな……あっ」
こんな状況にまで陥るなんて予想していなかった、本当に。
肩に噛み付かれて跳ねた腰が、体内の弘人を締め付ける。ずっと前立腺に当てられているだけの熱が更に膨らみ、おかしな具合に肌がざわついた。
最後に達してから触れられていない性器はもう言葉もないと言わんばかりに項垂れていて、どう見ても死にかけだ。なのに、瀕死のそれをスルーして会陰に潜り込んできた弘人の指が、ぐっとそこを押すとぴくりと反応する。
だがそれまでだ。遺伝子の製造工場だとて白旗を揚げているのに、当初の目的も果たせない軟弱な海綿体がそれ以上頑張れるはずもない。ドライどころかウェットでさえも達せないのではないだろうか。
ならばこのまま延々と串刺しか。それとも弘人が痺れを切らしてもう止めると言い出すまでか。長時間に及んでいる行為で二人とも相当疲れているのだから、弘人が音を上げるのも案外早いかもしれない。
そんな期待を浮かべながら、弟の顔を見た湊は思い切り後悔した。甘い展望など一瞬で吹き飛ばす程、弘人は汗をだらだら垂らしながら尋常でなくギラついた眼つきをしている。
実は憎んでいると言われても信じてしまいそうな、殺す気満々の顔だ。体が悲鳴を上げようが、湊が悲鳴を上げようが、目的を達成するまでこれは止めはしないに違いない。
「ひろ……、抱きたい、とか、っ、…も、言わないから……。俺が悪かっ、たから、もう、勘弁して……」
「んん? それはいいんだよ、知らなかった兄さんも見られたし」
「え、なん、じゃあ、怒ってるわけじゃ」
「ないない。怒ってない」
てっきりしつこく襲い掛かったから逆襲されているのかと思っていたが、にこにこ笑う弘人は本当に機嫌が悪いわけではなさそうだ。むしろご機嫌で顔中に口付けられて、湊の目が虚ろになった。
「嘘、だろ。怒ってなくて、この事態、って……」
これが通常運転なら、湊の方こそまだまだ弘人を知らなかったことになる。そしてここまで執拗に快楽漬けにされると、真剣に自分の未来が心配になってくる。
意識が他所に飛びそうになったのを敏感に察知した弘人が、会陰を撫でていた指に力を込めた。擦る強さでじりじり外側からも前立腺を刺激されて、無意識に体を支えていた最後の力すら下肢から抜け落ちていく。
これ以上沈まないと思っていた体がまた沈み、より深くなった結合に仰け反った。頭がおかしくなりそうな快感が、尾骶骨から背骨を伝って上って行く。
目の前に差し出してしまった乳首を丹念に舐められて、ぶるりと震えた。
「一緒に、新しい俺も発見したの」
「そい、つは眠らせといて、ほしかったかな……」
「なんで。気持ちいいでしょ」
過ぎる悦楽は苦痛でしかない。
そのはずなのに、甘く感じるから始末に終えないのだ。まるで麻薬のように、苦しいのに次から次へと欲しくなる。際限がなくなる。
黙って目を瞑ったのが気に入らなかったのか、繋がって広がり、薄くなった部分の皮を引っ掻くようになぞられた。入り口付近をぐにぐに押されて、声にならない吐息が漏れる。
マッサージのようにそうされていると、体がぐんにゃり弛緩してくる。
そうして頭を弘人の肩に押し付けて深い呼吸を繰り返していたら、突然それがやってきた。
「……ん……? あ、や、なに……?」
「大丈夫、リラックスしてて」
「や、できな……うあ、なん、で……っ」
全神経が皮膚を遡ってくる。
腹の底が熱い。熱すぎて、一体化している弘人のものと自分の内臓の区別がつかない。中で溶け込んでいるのではないだろうか。
全身から汗が噴き出す。がくがく揺れる体がコントロールできない。しがみつくことも上手くできない。
体の奥から何かがくるのは分かるのに、度が過ぎていてそれが何なのか分からなかった。
「ふ、あ、嫌だ、いやだこれ、こわ――ぁあああ!」
「っうわ……、す、ご…っ」
尋常でない体内のうねり方に堪りかねた弘人が力任せに腰を使い出す。
乱暴なまでの抽挿なのに、もう自分がどうなっているのかも、何をされているのかも分からなかった。
息が苦しい。体が苦しい。視界が白く霞む。
スパークする頭の中で、信じられない快感によがり狂う自分の声が幾度となく再生されて、その音にすら湊は混乱した。
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