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第37話
終わらない絶頂についに意識を手放した湊を横たえながらも、弘人はまだその中から出られないでいた。
そこに弘人が入ったままだったら、気を失っていてもきっとまた湊の絶頂はやってくるのだろう。短い間隔で高い位置に追いやられ、降りて来られなくなった兄はパニックを起こしていた。
体も心も限界を超えて糸が切れたように崩れた体は酷く冷たくて、呼吸も浅い。
このまま抜かずにいたら、犯し殺すこともできるかもしれない。そう思ったら抜けなくなった。
もちろん共に生きていくことが大前提だが、一つになったまま殺したい気持ちも本当だ。自分だけのものにしたい狂気じみた願望は、常に心の奥底に貼りついている。
気絶していても流れ続けている涙を拭う。その拍子に動いたものが湊のいいところを擦ったのか、魚のように全身を跳ねさせてまた中が収縮を始めた。
「はっ、ほんと、凄いなこれ……」
ぐったり投げ出した体を今度は慎重に貪る。眠っていても感じるらしく、湊の眉間に皺が寄って溜息に近い喘ぎが落ちる。無防備な体を拓く罪悪感よりも背徳感の方が勝って、すでに弘人が出したものでいっぱいいっぱいのそこに速いペースで逐情した。
「……はあ……。かなり変態っぽいな俺……」
いくらなんでも寝ている相手を犯すとか。
さすがに申し訳なくなって自身を引き抜く。一緒に白い液体が流れ出てきて、その光景にまたもやくらりときたが何とか堪えた。これ以上無体を強いたら本当に死んでしまいかねない。
少し休んでから手早く後処理をする。
ドライで達したら本当に股間はあまり勃たないらしい。しんなりしたままの湊のものも綺麗にして、ふにふにと揉んでみた。柔らかい。
触っていたらふらふら咥えそうになってはっとして、残りの処理を丁寧に、けれどできるだけ素早く済ませる。恋人の生肌を見ていたら触れたくなるのは男の本能だが、いい加減にしないと呆れられてしまう。
寝床も湊も綺麗にして換気のために窓を開ける。いつの間にか雨が降っていたらしく、粘りつく湿気が風と共に入ってきた。
煽りに煽られて、箍が外れてしまった。我ながら獣じみていたと思う。いつだって最後には理性って何でしたっけのレベルまで追い詰められるが、今回は今まで以上に止められなかった。
夏の強い雨が屋根を叩く。開け放した窓から少し降り込んできて、換気は十分ではなかったけれど閉めた。
この短い盆休みが終わったら、しばらく逢えなくなる。撮影の中心を千葉の山奥にある洋館に移すため、東京から離れるのだ。期間は全行程終了までで、大まかな予想としては三ヶ月かかる。点在する撮影場所への移動が多く、通常よりも多く日にちを取られるのがネックだ。
別の仕事で東京に戻る時は会いに行くつもりだが、湊もこれから忙しくなるらしいし、上手く互いの都合を合わせられるかはその時になってみないと分からない。
それもあって二人とも、普段よりずっと触れ合う回数が多かった。セックスもそうだが、何気ない瞬間にも体の一部をどこかしら触れ合わせて、穴倉に潜む獣の仔のように身を寄せ合っていた。
離れていても、互いの温もりを忘れないように。
身動ぎもしない湊の許へ戻り、じっと寝顔を見下ろす。六年もの間離れていたのに、今ではたかだか三ヶ月やそこらが耐え難かった。
このままトランクに詰めて持ち歩けたらどれだけいいだろう。片時も離れずにいられたら、どれだけ安心できるだろう。
けれどそれは実現できない望みだ。それぞれが社会の中を生きている以上、それぞれの舞台で立てなくてはこの先一生を共にすることはできない。
共存と依存を、間違えてはならない。
体が二つあるから、離れる時がある。離れてしまう存在だから求める気持ちも強くなる。そして求め合えば、別々の人間だからこそ互いの手を取り合える。
顔も見られない日々が続いても、取り合った手を離さなければいいだけの話だ。触れられない寂しさはどうしようもないが、連絡なら取れる。山の中と言えど電波は通っているらしいし、何の問題もない。はずだ。
「…………」
漠然とした不安は性質が悪い。割り切れるだけの根拠がないのだから。けれど、無闇にその不安を表に出すのは躊躇われた。
この家に自らの意思で帰ってきた兄が、少し目を離した隙に再びどこかへ消えるなどあり得ないし、これまでの付き合いの中で示された誠意を信じられないはずがないのだから。
一度植え付けられた喪失の恐怖は深い傷となって残っている。こんなちょっとしたことで芽吹いてしまう種に、いい加減うんざりしていたがこればかりはなかなか思う様にいかないのも事実で。
ままならない心に溜息をついて、兄の髪を梳く。
――――考えたところで仕方がないことは考えない。頭を切り替えて、二人で過ごせる残りの時間を大切に遣おう。
穏やかな寝顔に触れて、弘人はそう、呟いた。
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