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第1話「あっさりで」

○あっさりで  ラーメン屋【幸福亭】  そこのパートとして夕方から深夜にかけてシフトに入っているフリーターの柴田は、実は最近ちょっとだけ気になる人がいる。  名前も、何をしてる人なのかもわからない… ただ、いつも決まって深夜の1時25分…ラストオーダー5分前になるとやってくる1人の男性客。  ぱっと見、20~30代半ばでゆるやかなくせ毛のアッシュブラウンの髪の毛。 そして、どこか眠たげな伏せがちの瞳。服装は至ってラフで、カーディガンを好むのか大体シャツの上にカーディガンを着用してやってくる。  そんな彼は、いつも静かに入ってきては、お決まりの入口付近のカウンター席【18番】に座ると緩やかな手つきでメニューを開く。そして、悩ましげな顔でメニューを見つめるのだ。  けれど、柴田は知っている。  ―貴方は決まって、こう言うことを。 「あっさりで」  最初は少し、尻すぼみしていた。  疲れ切った表情で席につき、あまり張りのない声量でそう言うから当時新人だった柴田は最初、その言葉の意味がわからなかったのだ。  でも、仕事ゆえその場ですぐに聞き返したことで彼は知る。  彼の言う『あっさりで』は味を示してるのではなくこの店のメインを張るメニュー『あっさり風中華そば』を示すものなのだと。  そんなひとりの客に初めてあった日から数週間が経った。柴田は何度かシフトの中で出会う機会があったが、やはりいつも変わらず悩ましげな面持ちで席について、そのままメニューとにらめっこ。  そして、いつものあの台詞を吐く。  けれどある日、会計を終えた時だ。 「ご馳走様!」  そう告げた彼の表情は、今までの様子からは想像もできないほど暖かな明るい笑顔で、その声はどこか嬉しそうでその言葉をかけられた本人の柴田まで嬉しくなってしまう。 「あ、ありがとうございました!」  そう言った柴田の声まで、ついついうわずる。  そしていつしか、柴田は【あの人】に会えるのが楽しみになっていた。  彼が来るのは決まって、深夜の一時二十五分…ラストオーダー五分前。  この五分という細やかな時間を、俺は今日も密かに楽しみにしながら厨房に入るのだ。 「おはようございます!今日も1日よろしくお願いします」 ラストオーダーは深夜1時を回ったら 「あっさりで」 完

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