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第31話

そして俺は、ここ一ヶ月サボっていた日課を復活させた。 「長潟さーん、います?」 「あ、澤川くん」 研究室に入り、声をかけると、山積みの書類や本の隙間から手が生えてきた。 「長潟さん…、午後からは片付けしましょうか」 「…うぅ」 ピンと伸びていた手がしおれる。 「で、お昼食べました?」 「ううん、まだ」 「朝は?」 「…」 「昨晩は?」 「…」 「死にたいんですか?」 「ごめんなさい…」 「そう言うと思って、買ってきました」 「ありがとうございます…」 申し訳なさそうに項垂れる長潟教授の手を掴む。 「えっ、あっ、何?」 うわ、手を取っただけで照れる教授かわいい…、じゃなくて 「ガリッガリじゃないですか、もう!」 「へ?」 「骨と皮しかない」 「そ、そう?」 「1ヶ月前よりも痩せてるじゃないですか」 「誰もご飯食べろってうるさい人が居なかったから…」 「俺のせいにする気ですか?」 「そ、そうじゃないけど…、澤川くんがいないと、あんまり美味しくなくて…」 曖昧に笑って誤魔化そうとする教授。 怒らなきゃいけないって分かってるけど…、あまりに可愛いことを言うので許しそうになる。 腹いせに、教授が潰れる位の力で抱きしめておく。 「うわぁ、澤川くん、ギブ!め、メガネ割れちゃう」 教授が必死にもがいてるけれど、本当に非力なんだなぁ… こんな風にふざけてでも、教授に自然に触れられるようになれたことが凄く嬉しい。 「失礼しま…す」 「あ」 「え?」 こちらを見たまま、ポカンとしている栞ちゃん。 っていうか、シンプルにいちゃついてるのを見られてしまった。 「もう!夏樹!私の気も知らないで!」 「あ、あは」 「あは、じゃないでしょ!傷心中の私を気遣いなさいよね!」 「傷心中?」 いつの間にか、俺の腕の中から顔だけ出した状態で長潟さんが栞ちゃんを見る。 「…、教授のせいで、私、振られたんですからね」 「えっ、僕?」 「夏樹のバーカ」 そう言うと、栞ちゃんは持っていたビニール袋を俺に押し付けて、研究室を出て行った。 袋の中には、おにぎりなんかが入ってて、栞ちゃんの不器用な優しさと、教授が生徒に慕われていることが微笑ましかった。

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