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第33話
▼長潟 雪 の視点
夏休み…、か。
教授と呼ばれるようになって4年が経つけど、1回も"長期休暇"というものを意識したことがなかった。
それに…、澤川くんは定期的に色々と誘ってくれたんだけど、どうにも実験で手一杯で今まで、全部断ってきた。
謝ると、「全然気にしていないので、雪さんも気にしないでください」と笑ってくれるけど、やっぱり、少しだけ悲しそうに見える。
今までの振られたのは"彼女を優先してくれない(ついでに服がダサい)"だった。
過去の彼女たち(2人だけだけど)のときは、勉強や仕事の手を止めるくらいなら別れちゃってもいいや、という感覚だったけれど…、澤川くんとの時間は、実験や研究をしているときと同じくらい大切な時間だとも思う。
なんとか時間、作りたいな。
それにしても眠い…
最近、ようやく冷暖房の装置を直してもらい、生徒からの苦情は減った。
でも、適温すぎて、眠くなるから、僕にっては迷惑な話だった。
うーん…、また寝落ちして、実験を失敗させたり、椅子の下敷きになったり、したくないな…
コーヒーでも買ってこようかな。
澤川くんの前では強がったけど、僕、ブラックコーヒー飲めないんだよね…
格好がつかないから絶対秘密だけど。
絶対5分で帰ってこよう、そう決めて僕は実験室を出る。
「うぅ…、廊下寒い」
ここの学校はなぜか、廊下や教室の外もキンキンに冷房が効いている。
きっと理事長か校長が相当な暑がりなんだ。
ふと中庭を見ると、サンサンと太陽が降り注いでいて、暖かそうに見えた。
たぶん、実際は暑いんだろけど、冷房で冷え切っていたので、外に出たくなった。
5分で戻る予定だったけど、たぶん10分までなら支障はないはず…
ドアを開けると、もわっとした熱気が全身を包んだ。
本来だったら気持ち悪いんだろうけど、今は丁度いい。
あと数分もいれば、汗を掻くほど暑くなるとは思うけど。
中庭に植えられている謎のトマトが赤々と実っていた。
農学部の生徒か先生でも育てているんだろうか…
「うわぁー、中庭あっちぃぃぃ」
「おいー、夏樹、おっせーぞ」
「うるさい。はしゃぐな」
"夏樹"という名前と聞きなれた声が聞こえて、思わず樹の陰に隠れてしまった。
っていうか、なんで隠れたんだ…
「もー、テンション低いなー…、さては、ついに振られたか?」
「おー、学年1のイケメンが…、ついに!?」
「振られてないし、1番でもない」
「じゃあ…、倦怠期?」
「いや、仲はいいけど」
「あ!じゃあ、夏休みの予定合わなかったとか?」
「…違う」
「嘘ついてんじゃねぇぞ」
「夏樹、嘘つくのへたくそだな」
「うるさい」
「でもさ、夏樹が上手くいってないの見ると、ホッとするよな」
「は?」
「いや、だって、夏樹って何しても完璧だからさ」
「そうそう。こんな風に彼女のこととかで悩むんだなーって」
「ああ、うん…、俺の悩みは基本あの人だな」
「うっわー、この夏樹を困らせるなんて、相当な美女だろ」
「見てみたいわ、紹介しろよ」
「…、まあ、そのうち」
「おーー、絶対だぞー」
そんな風にわいわい言いながら彼らは校舎に入っていった。
僕は"澤川くんの悩みの種"なんだ…
ショックだった。
僕だけが居心地の良い関係で、澤川くんにとっては逆に悩むほど望ましくない関係だった。
ふらふらとコーヒーを買うことも忘れ、僕は実験室に戻る。
ああ、実験、また失敗した。
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