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 彼を乗せたワゴン車が走り去っていくのを、俺はずっと見送っていた。  睦月──。  4年も一緒に暮らした男。  親友だった男。  そして、恋人だった男。  最後の最後に、なかなか言えなかった謝罪の言葉を彼に言えることができて、今の俺は満足している筈だ。きちんと、彼と向き合って別れることができたのだから。  だけど、この胸の中を駆け巡っている後悔にも似た苦い感情はなんだろう。  別れを決めた時、俺は安堵感を感じていた。  これで──これで、“普通”の生活ができるって。  俺も、睦月も。  女と付き合って、結婚して、子供作って。  そういった“普通”の生活。  でも、今。睦月が去ってしまって、なぜ俺はそれに虚しさを感じているのだろう。  親友になりたかったのは、俺。  それでも満足できなくて、先に手を出して恋人になりたかったのは、俺。  たとえ彼が嫌がったとしても、無理矢理にでも手に入れるつもりだった。  だけど。  そんな俺を、睦月は笑顔で受け入れてくれた。  俺の気持ちを、嬉しいと言って泣いてくれた。  ちがう。お前は、勘違いしている。  中学の頃から、ずっと、どんな時も、俺と睦月は一緒だった。その頃から、俺は睦月のすべてが欲しくて欲しくてしかたがなかった。  その感情は、友情などというお綺麗な感情じゃなくて、もっとドロドロとした薄汚ささえある欲望だった。  その綺麗な黒髪も、愛らしい瞳も、形の整った唇も、柔らかい声も、優しい笑顔も、ひたむきな眼差しも、全部。  睦月の何もかもを俺だけのものにしたくて、俺だけしか見ないように仕向けた。  そうして、思い通りにしたのに。  お前が嬉しいって、言うから。素直に身を任せるから。  俺の胸の中は、歓喜よりも言い知れない罪悪感が上回ってしまった。  ちがうんだ、睦月。  お前の感情は、俺しかそばにいないから、俺しか視界に入ることがないから、好きだと勘違いしているんだ。  そして、そうなるように仕向けたのは──俺だ。 ■□■  たくさんキスをして、たくさん触れて、たくさん抱いた。  俺に抱かれても、睦月は変わらずに俺のそばにいた。だけど、俺はどうしても胸の中の罪悪感を消すことができなかった。  俺が、睦月を汚している。  俺の存在が、睦月を貶めている。  彼を腕の中に閉じ込めるたびに、そんな思考が常に脳裡を渦巻いていた。  それでも、いつもふんわりとした笑顔で、睦月は俺を見つめている。優しい声で、俺の名前を呼ぶ。  それがなぜか苦しくて、なぜか鬱陶しく思うようになっていった。  そんな時は、いつも女を抱くことで逃げていた。柔らかい胸に顔をうずめ、勝手に蕩ける身の内に己自身を挿し込んでは、睦月の華奢な身体と比べて自己嫌悪に沈んだ。  もちろん、裏切り行為はすぐにばれる。その度に、俺たちは派手なけんかを繰り返した。  睦月の怒りにつり上がった目や、俺を罵る声を目の当たりにして、俺の心の中で漸く罪悪感が消えて、心底安心した。彼が俺と同じ処まで堕ちてきたようで、嬉しささえ感じていた。  やがて、睦月は俺に微笑まなくなり、俺を見ようとしなくなり、優しかった声は刺々しくなっていった。  どんどん深まっていく二人の溝を、埋めることができない。広がっていく距離を、縮めることができない。一番そばにいるのに、心はとてつもなく遠くなってしまっていた。

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