1 / 3
01
彼を乗せたワゴン車が走り去っていくのを、俺はずっと見送っていた。
睦月──。
4年も一緒に暮らした男。
親友だった男。
そして、恋人だった男。
最後の最後に、なかなか言えなかった謝罪の言葉を彼に言えることができて、今の俺は満足している筈だ。きちんと、彼と向き合って別れることができたのだから。
だけど、この胸の中を駆け巡っている後悔にも似た苦い感情はなんだろう。
別れを決めた時、俺は安堵感を感じていた。
これで──これで、“普通”の生活ができるって。
俺も、睦月も。
女と付き合って、結婚して、子供作って。
そういった“普通”の生活。
でも、今。睦月が去ってしまって、なぜ俺はそれに虚しさを感じているのだろう。
親友になりたかったのは、俺。
それでも満足できなくて、先に手を出して恋人になりたかったのは、俺。
たとえ彼が嫌がったとしても、無理矢理にでも手に入れるつもりだった。
だけど。
そんな俺を、睦月は笑顔で受け入れてくれた。
俺の気持ちを、嬉しいと言って泣いてくれた。
ちがう。お前は、勘違いしている。
中学の頃から、ずっと、どんな時も、俺と睦月は一緒だった。その頃から、俺は睦月のすべてが欲しくて欲しくてしかたがなかった。
その感情は、友情などというお綺麗な感情じゃなくて、もっとドロドロとした薄汚ささえある欲望だった。
その綺麗な黒髪も、愛らしい瞳も、形の整った唇も、柔らかい声も、優しい笑顔も、ひたむきな眼差しも、全部。
睦月の何もかもを俺だけのものにしたくて、俺だけしか見ないように仕向けた。
そうして、思い通りにしたのに。
お前が嬉しいって、言うから。素直に身を任せるから。
俺の胸の中は、歓喜よりも言い知れない罪悪感が上回ってしまった。
ちがうんだ、睦月。
お前の感情は、俺しかそばにいないから、俺しか視界に入ることがないから、好きだと勘違いしているんだ。
そして、そうなるように仕向けたのは──俺だ。
■□■
たくさんキスをして、たくさん触れて、たくさん抱いた。
俺に抱かれても、睦月は変わらずに俺のそばにいた。だけど、俺はどうしても胸の中の罪悪感を消すことができなかった。
俺が、睦月を汚している。
俺の存在が、睦月を貶めている。
彼を腕の中に閉じ込めるたびに、そんな思考が常に脳裡を渦巻いていた。
それでも、いつもふんわりとした笑顔で、睦月は俺を見つめている。優しい声で、俺の名前を呼ぶ。
それがなぜか苦しくて、なぜか鬱陶しく思うようになっていった。
そんな時は、いつも女を抱くことで逃げていた。柔らかい胸に顔をうずめ、勝手に蕩ける身の内に己自身を挿し込んでは、睦月の華奢な身体と比べて自己嫌悪に沈んだ。
もちろん、裏切り行為はすぐにばれる。その度に、俺たちは派手なけんかを繰り返した。
睦月の怒りにつり上がった目や、俺を罵る声を目の当たりにして、俺の心の中で漸く罪悪感が消えて、心底安心した。彼が俺と同じ処まで堕ちてきたようで、嬉しささえ感じていた。
やがて、睦月は俺に微笑まなくなり、俺を見ようとしなくなり、優しかった声は刺々しくなっていった。
どんどん深まっていく二人の溝を、埋めることができない。広がっていく距離を、縮めることができない。一番そばにいるのに、心はとてつもなく遠くなってしまっていた。
ともだちにシェアしよう!