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「子供ができたの」  ある日、何度か寝たことのある女に呼び出されて、そう告げられた。  俺は躊躇うことなく「じゃあ、籍入れようか」と、言っていた。  このことを話すと、睦月は当然怒り狂った。 『俺を捨てるのか!』 『どうして、女なんか抱くんだよ!』 『俺をなんだと思っているんだよ!』  涙ながらに罵りの言葉を吐きながら憤りをぶつけてくる睦月は、それでも綺麗だった。  どうしようもない嫉妬に苦しむ彼がいとしかった。  そんな彼を思いきり抱きしめたくて手を伸ばした。 すると、睦月は「そんなのでごまかすな」と、怒りで燃えるような視線で俺を見つめた。  その強い瞳の光に誘惑されて、俺はいつも以上に激しく睦月を抱いていた。  その日から、睦月はすべての感情を俺の前から消し去った。  ──潮時だ。 『別れ』という言葉が、俺たちの間でリアルに浮かび上がった。  解放してやるんだ、睦月を。俺の、この汚い執着から。  別れを決めた時、自分が出て行くと睦月が言った。俺も、そうした方がいいと頷いた。  アパートの手続きなどのすべてが終わって、あとは睦月が出て行くばかりになってから、俺は毎日部屋に帰るのが怖かった。  睦月が、俺に出て行く日を教えてくれなかったからだ。  おそらく、消えるように俺の前からいなくなりたいんだろう。  玄関のドアを開けるたび、部屋の中がまだ変わりないのがわかると、無意識にほっとしていた。  変な話だ。  もう、俺たちは別れることが決まっているのに。俺は、別の女と結婚するのに。  睦月が消えてしまうのが、怖い。  解放してやると決心しておきながら、自分の手の届かない処に彼が行ってしまうのを嫌だと思っている。  俺は──ズルイ奴だ。 ■□■  ある日仕事から帰ってくると、リビングの片隅に積まれた段ボールを見つけて、ドキリとした。  とうとう、やってきてしまった。  俺は、寝室のドアをそっと開ける。ここ最近は睦月専用となったダブルベットで、彼は静かな寝息をたてている。クローゼットの中を確認してみると、睦月の服だけがきれいになくなっていた。一応、隣の部屋をのぞいてみると、彼が仕事に使っていた机は解体されていて、雑然と置かれていた仕事道具も姿を消していた。その代わりに積まれていたのは、いくつかの段ボール箱。  昨夜まではなかった風景に、俺は重いため息を吐いた。  たぶん明日、睦月は出て行ってしまう。  俺はソファーに沈み込むように座って、テーブルのリモコンを手にした。だが、何度ボタンを押してもスイッチが入らないことに気付く。よく見ると、すべてのケーブルが引き抜かれていて、それらはまとめてテレビの横にガムテープで貼られていた。  胸ポケットを探り、煙草を取り出して火をつける。深く吸って、ゆっくりと煙を吐き出した。

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