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睦月──愛していたよ。
愛していたんだ。
ちゃんと愛せないでごめん。
幸せにできなくてごめん。
ふと、心の奥で呟くように浮かんだ言葉。
そうだ。俺は、睦月にまだひとこともあやまっていないことに気づいた。
言ってしまえば、こんなわけのわからない執着から解放されるのだろうか。気持ちよく彼を送り出してあげられるのだろうか。それはよくわからないけど、このまま睦月にいなくなってほしくない。
俺は、携帯を開いて会社に電話をかける。うまい具合に上司がつかまって、明日の取引先との打ち合わせのあと休むことを伝えて、なんとか了承を得た。打ち合わせ次第だが、昼頃にはここに帰ってこれるだろう。
携帯を閉じて立ち上がると、俺はもう一度寝室に向かった。
睦月は、俺の気配に全く気づかないでぐっすりと眠っている。
この寝顔も、見納めだ。
俺は、睦月の髪をそっと撫でる。だけど、彼は瞼が僅かにぴくりと動くだけで、起きる気配はまったくなかった。しばらくの時間、俺はベッドのそばから離れられなかった。
翌日。
仕事先からアパートに戻った時、睦月はちょうど引っ越し業者の車に乗ろうとしていたところだった。
「睦月」
呼びかけると、睦月は複雑な表情で振り返る。嫌がるような、戸惑ったようなそんな顔。
最後の会話は、思っていた以上に穏やかに交わされた。軽口をたたき、笑うこともできた。睦月も微笑み返してくれた。それは、ひさしぶりに見た俺の大好きだった笑顔。最後に見ることができて、本当によかったと思った。
謝罪の言葉は、かまえることなく自然に言えた。2回目に謝ったとき、睦月の表情が一瞬歪んだ。だが、それはすぐに笑顔に変わった。
さっきよりもよそよそしい、哀しい笑顔だ。
車に乗り込む前に、睦月が右手を差し出した。
最後に、握手くらいしろと言われた。それで終わりだといわんばかりに。
俺はそっと、睦月の手を握った。最後の接触。伝わる体温が、暖かい。
冷えきった俺たちの間が、それで温まるわけじゃないのに。今は、その温もりが切ない。
睦月は手を離すと、二度と振り返ることはなかった。車は俺だけを置き去りにして、無情に走り去っていく。
さよなら。
もう、お前は自由だから。俺から、解放されるのだから。
これからは、本当に幸せになれるよ。
さよなら、睦月。
さよなら。
END.
(C)葛城えりゅ
初稿:2006.11.15
改稿:2008.12.19
fujossy用改稿:2019.03.13
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